初めての挑戦
勢いが過ぎたかもしれぬ
書くきっかけの短編
『孤独を知る怠惰なダンピール ~王女と出会って世界が変わる~』
王都オフィキナリスの第三王女レオナは調理場に立っていた。
「よし」
焼き菓子が完成するのを待ちながらレオナは本をパラパラと捲り中身を確認していると、専属メイドのメアリが調理場に姿を見せた。
「どうですか?」
「大丈夫……だと思うけど。味見をお願いしたい」
「喜んで」
レオナの身の回りをお世話しているメアリは微笑んで了承した。
「意外と難しいのね」
「慣れれば簡単ですよ。先程お見かけしたのですがステラ様もお忙しそうにしていました」
「ステラ姉さまにも食べてもらいたいな」
「きっと、喜ばれると思います」
オフィキナリス王――キングが体調を崩してから第一王女ステラが王族と貴族の相手をしていた。今までキングが全ての舵取りをしていたのでステラが慣れない業務を請け負い、最近はレオナもステラと口を聞けていない。
キングの伴侶であるクイーンが補助をしているがキングの想いは娘達に任せる方針だった。どうしても難しいならキングが対応すると言ったがステラは率先して動いている。
一方、第三王女のレオナは複雑な立場に居た。レオナの母はクイーンでは無く――妾の子だった。
王都オフィキナリスの歴史でも珍しいことでは無く正式な第三王女ではあるのだが、レオナの母であるトレニアとクイーンの馬が合わずその娘であるレオナも後ろめたい気持ちを持っている。
小さい頃は姉妹で仲良く過ごしていたが、各々のやりたいことが噛み合わず自然と距離が産まれてしまった。
「焼き上がったみたい」
レオナは焼き菓子を取り出しお皿に並べた。
そして、メアリにどうぞと促す。
「では、頂きます」
サクッと音を奏でて咀嚼をしているメアリをレオナはじーっと見ていた。両側で結んだ長居金髪が揺れる姿を眺めながら言葉を待っている。
「初めて作ったことを考慮すると美味しいです」
「そう。良かった」
待っていた美味しいという言葉を聞いてレオナは安心した表情になっていた。そして、レオナはお菓子を持って姉であるステラの部屋へ向かった。
その後ろ姿を心配そうな顔で眺めながら焼き菓子に使用した器具の片付けをメアリは開始する。
「転んだりしなければいいのですが……」
メアリの心配は杞憂に終わりレオナは扉の前で立ち止まっていた。髪の毛が乱れていないか手櫛で整えて咳払いの後にノックした。
コンコンと音を鳴らした後に、どうぞと声が聞こえてレオナは扉を開けた。
艷やかな茶髪とは違い眩しいホワイトブロンドのステラがレオナを見た。
「レオナ……何か用?」
「お菓子を持ってきたの」
目を通していた書類は途中だったがステラは机の端に寄せて一度大きく息を吐いて目を軽く押さえた。
「ありがとう」
レオナは駆け足で焼き菓子をのせたお皿を机に置いた。
「ステラ姉さま……大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。少し疲れているかもしれないわね……税収とか貴族の要望を何処まで叶えるか判断が本当に難しいわ。王族は我儘だし対応に困る……知らなかったけれど、オフィキナリスは貧困の差が激しいわね」
一人で抱えているステラの大変そうな話に対してレオナも口を開いた。
「私に手伝えることはありますか?」
「……」
暫く考えた後にステラはゆっくりと口を開く。
「無いわね。ルナも後少しで帰ってくると思うし……大丈夫よ。それにレオナに任せることも思いつかないわね」
「そう……」
第二王女のルナは他国へ遠征に出ていた。予定では今日、明日には戻ってくることになっている。
ステラはレオナが持ってきた焼き菓子を手に取り口に運んだ。暫く咀嚼をしていると眉間にシワが寄っていく。
「甘さも足りないし焼き加減も疎らで美味しくないわね。レオナは何処のお店で買ってきたの? これじゃ、客足が遠のいてしまう。質を管理する部署は何をしているのかしら……これが貧困の原因?」
期待に満ちていたレオナの顔は次第に暗くなり俯いた。
「どうしたのレオナ?」
「…………嫌い」
「え?」
「ステラ姉さま嫌い!」
そう言ってレオナは踵を返しステラの部屋を後にした。何が起きたのか理解できないステラは固まっていた……暫く立つとレオナ専属メイドのメアリが開きっぱの扉から顔を出す。
「先程、険しい顔のお嬢様とすれ違ったのですが……」
「もしかして、私なにかやっちゃったかしら……レオナからお菓子を貰って素直な感想を言っちゃったんだけど」
「朝から張り切ってお菓子作りをしていましたね」
「はぁ……やってしまった。そうよ、あの子は私やルナと違ってそういう方面に興味があったわね。メアリ、あの子に謝っていて頂戴」
王女が普段いただく菓子は高級品でステラはレオナの手作りという可能性を考えてなかった。
「はい。私から伝えておきます」
「……いや、違う。私が謝るからメアリはいつも通りお世話をお願い」
「承知いたしました」
頭を抱えてステラは書類の続きへと目を通した。