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第1話 「人違いです!」

私と「王子様」との再会はとある平日の夜のこと。


「待ってください!」


終電間際に駅の近くで声を掛けられた。

振り返ればとんでもないイケメンが立っていて、思わず唾を飲み込んでしまう。

金色の髪に深い緑色の瞳の、いかにも「王子様」といった容姿だ。

ハーフか、それとも外国からの観光客なのかわからないが、恐ろしく整った顔立ちだしスタイルもいい。


(だけど、このご時世なのにマスクを着けていないのって在り得ないわ)


と、一通りの観察を終えたその時、頭の中を稲妻のようなものが駆け巡り、前世の私――アンナマリー・エーレンフェストの記憶が蘇った。

騎士家に生まれた私は幼い頃から剣術一本の生活を送っており、それは全てレオンハルト様を護衛するためだった。

そしてレオンハルト様の戴冠前、かねてより王族と対立していた神官たちが暴動を起こし、そのとばっちりを喰らって不可解な魔法により私の魂は元の世界から消されてしまい――この世界に転生したのだ。


「あ、あなたは……レオンハルト様……?」

「ああ! そうだ! ようやく見つけたぞ!」


前世では私の主で護衛対象だった王子様。

そして私を散々困らせてくれた憎き存在でもある。


(思い出しただけでもイライラしてきたわ)


私に縁談が持ち上がれば瞬時に邪魔をして縁談を取り下げさせてきたパワハラ上司でもあるのだ。

甘いルックスと落ち着いた声音で騙される人が多いが、本当は腹黒で厄介な性格をしている。


(ノーマスクでこんな時間に出歩いているなんて相変わらず碌でも無い人のようね)


騎士だったころの本能が呼び覚まされたのか、脳内の警戒信号が「危険」だと訴えかけてきている。


「すみませんが、終電を逃してしまうので」

「なに? 今は任務の最中なのか?」


なぜそうなる、と心の中で突っ込みを入れる。

これ以上レオンハルト様に構ってはいられない。そして金輪際関わりたくない。


「再会できてよかったです。では、私は終電があるので!」


手短に挨拶を済ませてレオンハルト様から走り去る。


「待って! アンナマリー!」

「人違いです!」


前世の名前で呼ばれても返事をしてやるものか。

こちらは終電に間に合うか間に合わないかの瀬戸際で、それどころではない。


これを逃せば毎日楽しみにしている配信者さんのライブ配信に間に合わず、明日を乗り切るエネルギーを補給できない。

今世では何の縁も無い腹黒王子様に構ってやる暇なんて無いのだ。


(終電……!)


運動不足の体に鞭を打って足を動かしていると、急に腕を掴まれた。

がくんと体が傾き、そのまま引き寄せられて拘束されてしまう。視界の隅にさらりと映り込んでくるのは、レオンハルト様のものであろう金色の髪。


(やばい……)


前世は運動神経抜群の騎士でも、今世は運動不足に悩まされるただの会社員。振り払おうと思っても力の差で負けてしまう。

本当に恐ろしい目に遭った時、人間はちっとも声を出せないものなのだと思い知らされた。

恐怖心が頭の中を支配し、冷や汗が背を伝う。


「ようやく……、ようやく其方に会えた。姿は変われど其方の魂の気高さは変わらないからすぐにわかったよ」


頭の中で考えがまとまらず、ただただ浅い息を繰り返すことしかできない。


(このまま、どうなってしまうのだろう?)


どこかに引きずり込まれてしまうのだろうかと、想像しただけでゾッとする。

痛い目に遭いたくない。

怖い目に遭いたくない。

ただその一心で自分を奮いたたせて鞄を振りかざす。


「離して! 変態!」

「ア、アンナマリー?!」


レオンハルト様は少しだけ怯んだがそれでも放してくれない。それどころか腕の力がこめられるばかり。


「痴漢です! 助けてください!」


わあわあと力の限り叫んで暴れていても誰も助けてくれない。

カップルの痴話喧嘩と思われているのか、それとも巻き込まれたくなくて遠巻きに見られているのか。


救いの手が訪れず諦めかけたその時、ドンと鈍い音がしてレオンハルト様が呻き声を上げた。


「おい、俺の部下に手を出すなよ」

「筧さん!」


見れば筧さんは手に持っている鞄を振りかざしていて、先程の一撃も鞄で喰らわせていたようだ。


筧さんは私の上司だ。

三十代後半で、スラリと背が高く、兄貴肌で面倒見がいいしイケメンだから社内外で人気があるけれど、まだ結婚していないらしい。

ものすごく遊んでいるという噂がある一方で、長年片想いしている女性がいるといったミステリアスな一面がある。


私が所属しているのは小さな雑貨メーカー。そこでMDを担当している筧さんとは、繁忙期はいつも一緒に夜遅くまで残っていることが多く、今日も十数分前に挨拶を交わしたばかり。

恐らくは戸締りを終えて会社を出たところなのだろう。


筧さんはあっという間に私からレオンハルト様を引きはがして助け出してくれた。


「何なんだぁ、この兄ちゃん。酔っぱらいか?」

「それか変質者ですよ。さっきから訳が分からない事ばかりいってましたから!」


ヒーローの登場で危機を逃れて胸を撫で下ろしたその時、プシューッと扉が閉まる音がした。

見上げれば終電がプラットフォームから出て宵闇の中を進んでいくのが見える。


「終電……」

「あ~あ、俺らタクシー帰宅決定だな」

「うう……、配信……」

「お前、睡眠時間を大切にしろよ」


呆れられたってかまわない。配信の方が大事なのだ。

忙殺される日常のささやかな楽しみであるのに、その配信を見られずして明日を迎えることはできない。


「さて、こいつを署に連れて行こうか。こういうのは見逃すと後が厄介だからな」


筧さんはレオンハルト様を拘束したまま立ち上がらせる。

レオンハルト様が恨めし気に睨みつけていたが、しれっと無視して警察署に連れて行った。


それからがまた大変だったわけで、私は泣く泣く今日の配信を諦めた。

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