初めての朝
週末の山スキーにケイは参加しなかった。会社帰りの迎えに来た車の中でも元気がなかった。彼女との別れを後悔してるいるのかと思い「大丈夫?辛いの?」と聞いた。
ケイは「えっ!?俺、リカに話したっけ!?」と驚いて答えた。「ん?彼女のことでないの?」と聞くと「違う、違う。」とケイは焦って答えた。「何か、あったの?」と更に聞くと「・・・・」とケイは黙ってしまった。「言えない程のことなの?だったら余計に言ってもらいたいよ。」と迫ると「卒論が通らなくて卒業がヤバイんだ」と情けない顔をして答えた。
「えっー!?まだ終わってなかったの!?」「何度出しても付箋紙がいっぱい付いて返ってくるの。」「ちょっと見せて。」とお願いし、渋るケイの家まで行った。私は車の中でケイが卒論を持ってくるのを待った。
「これ・・・」とおずおずと渡された卒論は本当に付箋紙がいっぱい付いていてハリネズミみたいだった。中身をパラパラっと見ると言葉を失った。
これでは中学校の夏休みの自由研究の方がマシだった。何も言わない私にケイは「俺のこと馬鹿だと思ってるでしょ?俺、スポーツでインターハイに出場してスポーツ推薦で入学したんだよね。スポーツをしてなかったら大学へ何て行けなかった。」と照れながら言った。「そこまでは思わないけれど、今までよく留年しなかったね。レポートとかどうしてたの?」「拝み倒して実習で許してもらった」と答えた。
「うーん。この内容だったら分野が違っても私にでも出来るかな。資料を持ってきて、今夜はうちで卒論仕上げね。」「えっ!?やってくれるの?」「違うよ。自分の卒論なんだから自分でしないと。手伝うだけだよ。」
卒論は全ページ直しが必要な程だった。私は濃いコーヒーを用意し、長期戦に備えた。ケイは頭を使うと眠くなってしまうようで、その度に私は「寝ちゃ駄目でしょ!」とケイの骨張った背中をビシッと叩くのでした。ケイは「やめてくれ~」と言いながら、目をしょぼしょぼさせながら卒論に目を向けた。
そうして明け方近くに卒論の下書きが出来た。「さあ、家へ帰って完成させてね。絶対に寝ちゃ駄目だよ。寝ていいのは完成してからだよ。時々チェック入れるかもよ。」「リカならしそうだな~」「完成させて、ある程度寝たら学校へ持って行ったらメール頂戴。」
空が薄明るくなってくる中、私はケイを見送ってから少し寝て仕事へ行った。睡眠時間が少ないにも関わらず疲れは感じなかった。若い人と一緒にいて精気を吸い取っていたのかな。毛穴でそれが出来るようになっていたら凄いな私。なんて、くだらないこと考えていた。
数日後、ケイの卒論は通った。ケイは「一生頭が上がらない」や特別なお礼言ったよう気がするが覚えていない。私の心の中は「私がやったんだもの。通って当たり前だっつーの。」と達成感と征服感でいっぱいだったのだ。