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トリック  作者: ジョゼフィーン
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出会い

あの気持ちはなんだったのだろう。あの時を思い出すと激しくて穏やかで胸が苦しく、そして暖かい。


今日、彼との思い出を初めて人に話した。涙が溢れてくる。彼のことで泣いたのはこれが初めてだ。もう20年以上も前のことなのに。そう私は彼のことが好きだったのだ。心から好きだったのだ。こんなにも好きだったなんて自分でも知らなかった。


それは私がスキーに夢中になっていた頃、冬の始まりに所属するスキーチームにケイという22歳の大学4年生が入った。ケイの家とは近所だったので私がケイとの連絡をとる役目となった。私は若い子が入って密かに喜んでいた。


若い子が好きというわけではなく、その頃の私は体力があり、山スキーへ行くと男でも一日中私と付き合える人がいなく、私ことリカのリカ番というのが午前と午後の部に別れていたのだった。


午前の部になった人達は、朝はあんなにはしゃいでいたのに、昼近くになるとゴンドラの中でもゲンナリし青ざめた顔で誰一人喋らなくなってしまう。午後の部の人達も夕方近くになると同じような状態になってしまうのだった。学生の若い子なら一日付き合ってもらえるかもと期待していたのだった。


ケイとパソコンのメールで、やり取りをした。若いのに感じの良い対応に好感が持てた。ケイは今シーズンの初山スキーから参加することになった。スキーチームの待ち合わせ場所までケイの車で行くことになり、私の家まで迎えに来てもらうことになった。


スキー当日、早朝5時少し前。犬のコロの散歩をしながらケイが迎えに来るのを待った。約束した時間より少し前に車高の低い車がゆっくりと近付いてくる。早朝の薄暗い中、開けられた車の窓にタバコの火だけが灯っているのが不気味にすら感じた。(ひー!まさか、この車ではないよね?)と戸惑っていると私の家の前で車は停まり、黒スーツに黒シャツ、髪はふわっとオールバックにし、イチロー似の目つきの鋭い、痩せた背の高い男性が降りて近付いて来た。私を見て「リカさんすかー?」と聞いた。(こ、これがケイさん!?学生というかヤだよ?。)と思いつつ、「ケイさん?はじめましてリカです。今日はよろしくお願いします。」と挨拶した。


犬のコロを見て「この犬リカさんちの犬すかー。かわいいっすねー。名前は何ていうんすかー?」としゃがみ、名前を教えると「コロー、うしゃうしゃ、うしゃうしゃ」と言いながら人懐こい笑顔をしてコロを撫でた。(悪い人ではないみたい・・・。でも学生には見えないよー。)と少し安心しながら、そう思った。


コロを鎖に繋ぎ、用意してあったスキーセットをケイの車に載せ、私は助手席に乗るとむせ返るような芳香剤の香りがした。倒し気味のシートのためシートベルトが見付からず、まごまごしているとケイは「ここっすよ」と締めてくれた。ついでに「椅子を起こしていい?これだと落ち着かなくって。」と断り、シートを起こした。漸く、車は出発した。ケイは、その姿に似つかわしく体を斜めにし片手で柄の悪いスタイルで運転していた。


「ケイさんって22歳だっけ?全然、そんな風に見えないね。もっと年上に見えるよ。」と話し掛けると「それ、よく言われるんすよー。リカさんは31歳でしたっけ?それこそ全然そう見えないっすね。少し上か同じ位にしか、ぜってー見えない。」「あはは、ありがとう。でも、それ言い過ぎだよ。」「いや、ぜってーそうっす。」お世辞でも嬉しいことを言ってくれて、緊張が解けてきた。


「ねぇケイさん一つ聞きたいことがあるのだけど・・・何でスキーに行くのにスーツなの?」「あー、約束の時間に遅れちゃいけないって3時位に起きてファミレスでコーヒー飲んでいたんす。」結構、律儀なんだなーと思いつつファミレスにスーツ?と、これ以上は聞けなかった。


「それにケイさんってルパン三世に似ているよね。」「あー、それもよく言われるっす。何ですかねー?」「だって足の細さといい、髪型といい、顔といい、どう見たってルパン三世だよ。赤ジャケットでも着ちゃう?」「やめてくださいよー。」と、そんな話をしながら、みんなとの待ち合わせ場所に着くまでに私達は打ち解けていた。


スキー場に着き、その日は参加人数が少なく8人程で女性は私一人だった。2グループに分かれることになった。「ケイさん、君は若いからこっちのグループだよ。」とニヤッとしながら私は誘った。チームのみんなも、私のしごきのようなスキーにケイはどうするのだろうときっと思いニヤッとしていた。


滑り出すとケイは柄の悪い風貌に合わずスキーが素晴らしくうまかった。美しいフォームで華麗に滑っていく。「ケイさん!すごくうまいね!!!バッチか何か持ってるの?」「いや俺は持ってないっすが親父が持っていて、子供の頃から叩き込まれてるんす。」「そうなんだ。びっくりするくらい、うまいよ!これから教えてね!」


ケイの教え方は、とても丁寧で分かりやすく私の欠点をすぐに指摘し直してくれた。他のメンバーにもケイは丁寧に教えていた。ケイのフォームに無駄がなく疲れないようで、他のメンバーとは違い昼近くなっても疲れを見せないでいた。私は嬉しくて、いつもよりテンションが高くなっていた。昼食でケイは話題の中心になり、みんなから質問攻めに合っていた。


午後からはチームのリーダーのダンとケイと私の3人でスキーをすることになった。ダンもかなりスキーがうまいので、上級者コースに行くことにした。上級者コースに着くと、殆ど人が滑った形跡がないくらい新雪が残っていた。私達は「やったー!パウダースノーだ!」とはしゃぎながら滑り始めた。


そうして私達は新雪に滑ることに夢中になって新雪を求め、奥深く入りコースアウトし迷ってしまった。携帯の電波は届かない。ダンとケイで地図を見て戻る方向を相談する。方向音痴の私は役には立たない。


進む方向を決め、進み始めたがどんどん雪が深くなって行く。不安を覚え始めた頃、遠くにレストハウスの屋根が見えた。私達は安堵して、レストハウスに向かうが雪深く思うように進まない。少し休憩することにした。


ダンとケイは暗い顔をして荒い息をしていていたので「少し呼吸を落ち着かせるために深呼吸しようよ。」と声を掛け、3人で深呼吸をした。「もうゴールは見えてるのだから頑張ろう!」と、再出発した。


2人の気分が落ち込まないように「これで今日のことは忘れられないねー。ケイさんは初めての参加でこれだもん。ずっと語り草になるね。」など話し掛けながら進んだ。


レストハウスの裏まで来たらケイが尻餅をついて新雪にはまって立ち上がれなくなった。先に進んでいた私はケイのところまで戻り「大丈夫?はいっ」と手を差し出し、ケイはその手につかまり立ち上がった。「リカさん、すげー体力だね。」とケイに言われたので「伊達に年取ってませんから。」と笑顔で答えた。


漸くレストハウスの前に着いた時は3人で抱き合って喜んで、その場にへたり込んだ。レストハウスで休んでから、また夕方までスキーをした。ケイもダンも、それに付き合ってくれた。


スキーチームのみんなと別れてから、二人きりになった帰りの車の中で今日のことを思い返して話し、何度もお腹を抱えて笑った。


私の家に着きケイは荷物を降ろして、そのまま玄関の前まで持ってきてくれた。私は「はいっ」と笑いながら右手を出した。ケイも笑いながら右手を出し私達は握手した。


私は両手でケイの手を握りながら目を見て「ケイさん、今日はありがとうね。楽しかったよ。それに沢山教えてくれてありがとうね。ケイさんみたいな人がチームに入ってくれて嬉しいよ。本当にありがとう。」と御礼を言った。ケイも「こちらこそ楽しかったよ。ありがとう。俺、リカさんみたいな女の人初めて会った。」と笑顔で目を細めた。「間違えて女に生まれてきたと思ってるから。」と答え二人で笑った。ケイも嬉しい顔を見ながら私も嬉しい顔をしてたはず。なかなか握手が離せない。


私は「このまま今日が終わってしまうのが惜しいね。」と言い「そうだね、どこか行っちゃう?」とケイは返事した。「どこにしようかー?」「ビリヤードなんてどうすか?俺、得意っす。」「では、そうしましょう。でも下手だから教えてね。」とやっと握手した手を離せた。


二人とも一度家へ帰り着替えてから出掛けることにした。私は少しでも若く見えるように気遣い、体のラインが綺麗に見える赤いニットと黒のスリムなパンツとブーツに着替えた。迎えに来たケイがそれを見て、ちょっとハッとしたのに気付き安心した。


ケイはビリヤードも上手かった。亡くなった大学の先輩に教えてもらったそうだ。ビリヤードの腕を落とさないことで先輩が残るような気がすると言った。


ビリヤードも楽しくゲームし、また家まで送ってもらい満足な一日を終えた。

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