CAR LOVE LETTER 「Jack-o'-lantern」
車と人が織り成すストーリー。車は工業製品だけれども、ただの機械ではない。
貴方も、そんな感覚を持ったことはありませんか?
そんな感覚を「CAR LOVE LETTER」と呼び、短編で綴りたいと思います。
<Theme:TOYOTA CROWN COMFORT(TSS10)>
国道沿いの歩道を歩く。
夏の終わりの夜風が、ほろ酔い気分に丁度良い感じだ。
今日は会社の部下の送別会だった。
部下といっても彼は正社員ではなく、派遣社員として私の部署へ配属されてきた。
正社員と同じ、いや、それ以上にできるやつで、実際新人へ仕事を教えていたり、会議に使う資料なんかを作らせたら、期待以上の出来栄えで驚いたりもしたもんだ。
そんな彼も、やはりこの不景気で仕事を追われる羽目になってしまった。
私も部下達も、彼をこのまま留まらせてもらえる様、正社員として雇用してもらえるよう、何度も上へ掛け合ってみた。
しかし、現実とは本当に冷たいもので、会社はそんな私達の声を聞き入れてはくれなかった。
本当に私達に尽くしてくれた彼のためだ、せめて盛大に送り出してやろう、そう思っていたのだが、やはりここでも現実は厳しい。
残業規制、給与カット、そして一時金の大幅減額。私たちの生活にも、不景気は大きな影を落としている。
結局いつもの居酒屋の飲み放題コースをお願いするのが精一杯となってしまった。
でも彼は、そんな事には文句も言わず、ホントにありがとう、ありがとう、と涙を浮かべて仲間たちとの別れを惜しんでいるようだった。
「次の仕事は、決まりそうかね。」不躾な質問だが、私は彼のこれからが気になって気になって仕方が無かった。
「・・・まぁ、何とかなるでしょう。いや、何とかしなくちゃ、ですね。」少し力の無い笑顔で、彼はそう答えた。
無理も無い。この間二人目の子供が生まれたばかりだと聞いた。そんな状況で仕事を失う不安を思ったら・・・。
私は、彼の力になってやれなかった事が、本当に悔やまれてならなかった。
宴会の2時間はあっという間に過ぎ、彼らは二次会のカラオケに行くようだ。
私はカラオケが苦手なので、幹事の若いのに少しばかり握らせて、これで帰ることにした。
「お世話になりました。」派遣の彼が私に歩み寄る。
「頑張れ。」私はそれだけ言い、彼と握手した。
細身の体からは考えられない位のしっかりとした握力で、彼は私の手を握り返してきた。
その握手を通じて、きっと彼は大丈夫だと、私は裏付けの無い安堵を感じた。
本当に、不思議なやつだ。
週末の国道の流れは速い。
でもそのなかで、行灯の付いたタクシーだけは左車線を少々ゆっくり流している。お客を求めて走っている証拠だ。
酔いの回った私には、そのゆるゆるとした行灯の光が、まるでハロウィンのお化けカボチャのランタンのように見えた。
このまま歩いて帰るにはちょっと距離が長すぎる。財布の中身が心もとないが・・・、乗ってしまうか。
私が左手を挙げると、すぐさまお化けカボチャはハザードランプを点灯し、路肩に止まった。
「いらっしゃいませ。ご利用ありがとうございます。」
意外に若い運転手さん。だけれども礼儀正しいこの一言。
ちょっと距離はあるけれど、家の近くまで行ってもらうことにした。
お化けカボチャのクラウンコンフォートは、するすると国道の流れに合流する。
「最近のタクシーはオートマなんだね。時代は変わるもんだ。一昔前じゃ手漕ぎのセドリックなんて走ってたのにね。」久しぶりに乗るタクシーに、私は興味津々だった。
「お客さん、目の前の電光掲示板でニュースも読んでいただけますよ。」
新幹線の電光掲示板と同じように、私の目の前には夕刊のニュースがチカチカと流れていた。
すごいなぁ。タクシーは単なる移動手段だけでなくなっているんだなぁ。
「しかもカーナビまで付いているんだ。」恥ずかしながら、私の車には未だにカーナビはついていない。
「昔だったら、お客さんが寝てしまうと、どう行ったらいいのか、分からなくなっちゃったらしいですけれどね。」若い運転手さんらしい答えだ。
そんなやり取りを運転手さんと交わしながら、クラウンコンフォートは私の家路をひた走る。
この車、5ナンバーだが狭さは感じない。タクシー用として作られた、なかなかの傑作車だ。
運転手さんの間でも、クラウンコンフォートは評判が良いらしい。
乗りやすく、疲れにくく、燃費もいいと。
確かに、昔のタクシーはいかにも商用車という乗り心地だったが、これは商用車というより、普通の乗用車と変わらない乗り心地だ。
でも、この車内の匂いは、やっぱりタクシーだなぁと感じる匂いだった。
自宅から少し離れた交差点で、運転手さんは突然メーターを止めた。
あれ、家はもうちょっと先だよ。
「この不況下でこんな距離ご利用していただいて有難いと思いまして・・・私からのココロばかりのサービスです。」
こんな若者、こんなタクシー運転手がまだ日本に居るんだ。
運転手さんのココロばかりのサービスに、私はココロ打たれてしまった。
彼の好意に甘えて、結局家の前まで送ってもらってしまった。
「本日はご利用ありがとうございました。」とまた礼儀正しく彼は言う。
「どうもありがとう。夜も遅くまでお疲れさん。気をつけて走ってよね。」
私は150円のお釣りを受け取らず、彼のクラウンコンフォートを見送った。
真っ黒なクラウンコンフォートはするすると国道の流れに合流し、夜の闇に溶けていった。
お化けカボチャのランタンを、ぼんやりと輝かせながら。