ごめんって言わせてね
「おはよう、楓。今日もいい朝だね」
僕には妻がいたんだ。名前は楓って言うんだ。とても可愛くて愛おしい。今は楓のことばかり考えてる。
僕達はマンションに住んでいる。部屋は大きく分けて、リビング、和室、寝室の3つだ。和室は今は使っていない。
「コーヒー飲む?」
楓は最近何も喋らない。楓は毎日リビングの窓際にずっといる。まるで、固定でもされているのかのように。食事をしているところも見ていない。きっと、外食でもしているのだろう。
「ご飯はしっかり食べてよ。それじゃあ、行ってきます」
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「ただいま。お帰りくらい言ってくれてもいいんだよ、楓」
楓はいつものところにいるんだ。相変わらず無言だね。
「夕飯、食べようかな。楓も一緒に食べる?」
夕飯はカレーにしようと思うんだ。きっとおいしいよ。
「いただきます」
食べてほしいな。食べてくれたら僕はとっても嬉しいな。
「食べなかったね。片づけとくよ」
明日は食べてくれると嬉しいな。
「もう、11時だね。おやすみ、楓」
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楓が喋らなくなって喋らなくなって1年経った。楓は相変わらず無言だし、食事しているところも見ていないな。
「あれ、楓の帽子ってどこにあるっけ。楓、知ってる?」
知らないか。記憶を辿ろう。思い出せるかな。
「そうだ、和室だ」
そういえば、和室って全く使ってなかったな。
「あれ?」
和室には天井につけられたロープと、その下に椅子があった。
「楓、これって何かな?」
聞いた瞬間、楓は倒れた。
「楓!?」
大丈夫か。楓。僕はここにいるよ。目を開けて。
「いなくなったら嫌だよ」
生きてよ。君はあの日自殺したんだから。あれ?
「そうだったね。君は1年前に死んでいたね」
1年前、僕は君に強く当たってたよね。いつも酒におぼれてた。君は僕の代わりに休まず、ろくな食事もとらずに仕事をしてくれたよね。
君はそれに耐えれなかったんだよね。だから、自殺したんだよね。ロープで首をつって。いや、実質僕が殺したようなもんだね。
君の死体を下ろして、窓際に固定しといたよ。太陽に照らされた君はきれいだったよ。仕事も始めた。収入も安定した。でも、全て遅かったんだよね。
君が死ぬ前にしなきゃいけなかったんだよね。ごめんね。今日は君の命日だよね。君が死んだ場所、死んだ方法で僕も死ぬよ。死んだら君に会えるかな。会えたら、『ごめんって言わせてね』
――その部屋で発見された死体は、1つだけだった。