湯浴み着
女子2人の勢いに押されて公衆浴場にやってきている。
想像していた日本の銭湯のような風呂とはだいぶ違う。
この風呂屋の前にイオルとやって来た俺は入り口でユーンさんと合流し、受付でお金を払い、鍵を受け取った。
ここまでは日本の銭湯と変わらない。
だがここからが違った。
まず湯浴み着なるものを借りる、または買うよう言われる。
まあこれからも利用することもあるだろうと思ったので購入。これはいい。
そして2人に連れ添われるまま風呂屋の奥へ向かうと番号の振られた扉がある。
その中の7の数字が書かれた扉の前で止まると鍵を使って扉を開ける。
え、ロッカーの鍵じゃないの? と言う疑問に答えのないまま部屋の中へ。
部屋に入ると扉を内側から施錠。そして部屋の中を見るとすぐ目の前に左右二つの部屋。
ここで男性は右、女性は左の部屋で服を着替えると教わり右の部屋へ。
右の部屋に入ると人が2人も交差すればいっぱいってほどのスペースしかない部屋におそらく脱衣籠らしきものが置いてある。
とりあえずさっき買ったばかりの湯浴み着に着替える。
着替えたら石鹸とタオル替わりの布を持って奥へ進む。
そして目の前に現れたのは縦横5mほどの湯船。
周りを見渡しても誰もいない。
貸切状態だな、などと考えを巡らせていると
「わーい、お風呂ー!」
「イオル、はしゃがないでください。危ないですよ。」
女性陣の声が聞こえた。それも真後ろから。
混乱する頭を押さえてまずは身体を洗う。
服を着たまま身体を洗うというのに慣れず苦戦したがなんとか汚れを洗い流す。
チラッと2人の方を見るがまだ身体を洗っている途中らしい。
先に湯船に浸からせてもらう。
「ふー、やっぱ風呂はいいなぁ〜。」
現実から目を逸らして久しぶりの風呂を楽しむことにした。
が、平穏はすぐに崩れ去った。
「ジンさーん。湯加減はどう? ちょうどいい?」
「…ああ、うん、いいよ。」
「そうですか、では私たちも失礼して…。ふぅ、やはり大きいお風呂はいいですね。手足が伸ばせますし気持ちがいいです。」
「だよねー。家のお風呂に1人で入るのも気疲れしなくていいけど準備が大変だし、それに皆で入るお風呂って楽しいよね。」
イオルもユーンさんもとても気持ちよさそうにお湯に浸かっている。
「…個人的にはカルチャーショックで楽しむどころじゃないんだよなぁ…。」
はぁ、とため息を吐くように項垂れる。
「かるちゃあしょっく? って何?」
「…ふむ、またジンさんの故郷の言葉でしょうか。」
疑問を浮かべる2人に何も説明する余裕もない。
「…いや、宿に戻ったときに湯浴み着を持ってるかって聞かれた時には『ああ、そういうのを着るのがマナーなんだな』くらいには思ったし、それでここにきてから受付で湯浴み着買ったよ? でもまさかの混浴、しかも個室ってどう言うことなんだ…。」
「どう言う、と言われましても。公衆浴場とはこういうものです。仲の良い友人や家族、そして冒険者パーティで一室を借り、親睦を深めつつのんびりと湯に浸かるのです。」
「裸の付き合いってやつか? いや服は着てるか。…でも外国とかだと温泉とかにも水着を来て入るとか聞いたことあるしなぁ…。」
確か日本にも水着を来て入るスパリゾートとかあるらしいけど、俺は行ったことがない。
だがここではこれが常識なのだと言う。なら慣れるしかない。開き直ろう。
「…うん、まあ温水プールとかと一緒だと思えばいいか。考え込んでても仕方ないしな。うん、この世界に慣らしていこう。」
「温泉ぷーる?」
「また謎言語が出ましたね。」
ひそひそと話し合う女子2人。
「あー、プールってのはなんていうか、人工的に水を張った池みたいなものかな。泳ぎの練習したりするところだよ。」
「へぇー、泳ぎの練習かあ。でもそんなのわざわざ作らなくても池とか湖でやればいいんじゃないの?」
「…いえ、自然の池や湖では水中の魔物に襲われる可能性があります。それを防ぐために人が管理できるようにしたものがプールと言うものなのでしょう。」
「なるほどねー。確かにそれなら子どものうちから安全に泳ぎの練習もできそうだね。」
「あーうん、危険を防ぐってのは合ってる…かな?」
川とかで泳ぐと急に深くなったり流れが早くなったりもするし、安全って意味では間違ってない。
「ジンさんもそのぷーるってので泳ぎの練習したことあるの?」
「子どもの頃にしたよ。一応50mくらいなら多分まだ泳げると思う。」
昔はそんなに速い方でもないけど100mは泳げたんだけどね。ここ数年は泳ぎに行ったりしてないし自信がないので半分くらいにしとく。
「50m! 凄いね、素潜りの名人のエイラさんでもそんなに潜れないと思うよ!」
「いやいや、いつでも息継ぎできるように水面近くを泳ぐのと素潜りとは別ものだから。同じようにやろうとしても素人じゃ無理だと思うよ。あ、でもイオルって凄い長いこと息が続くって言ってたよね? イオルは泳ぎはどうなの?」
「私も結構泳げるよ。測ったことないからどのくらいかはわかんないけど。…でもねー、私、素潜りは禁止されてるんだー。」
そう言って拗ねたように口を尖らせるイオル。
「え、なんで禁止なの? イオルはずっと漁師さん達に囲まれて過ごしてたわけだし、それに2年間は漁の仕事手伝ったりもしてたんだよね? それなら言えば素潜りもさせてもらえたんじゃ?」
「させてもらったよー。それで頑張って潜ってたら禁止にされたの。」
頑張ってたのに禁止ってどう言うことだろう? と言う俺の疑問にはユーンさんが答えを教えてくれた。
「頑張るにしても限度がある、ということです。湖に潜って10分近くも上がってこないとなった他の漁師さん達やあなたのお父さんがどれだけ心配したと思っているのですか。」
「だってそのくらいは余裕で潜れるしー。多分そういう能力なんだって言っても信じてくれないんだよー。」
「あー、そういうことか。まぁ能力名【人魚】って言われても元になった人魚そのものが知られてないわけだからね。その上多分、人魚だし。」
「そしてそのイルカという生物も私たちは知りませんからね。ジンさんの故郷の生物なのでしょう?」
「うーん、この辺でも海に行って探せばいるとは思うんだけどね。そういえばこの町から海って遠いのかな?」
「少し遠いですね。今日行った川を下っていけば行けるはずですが歩いたら3日はかかるかと。」
徒歩3日を少し遠いで済ますのって凄いな。
「なるほどね。遠いな。」
てことは気軽に海釣りとかは無理か。残念。
「うぁー、ちょっと休憩〜。だいぶあったまった〜」
イオルはそういうとザバァっと湯船から上がると湯船の淵に腰掛ける。
透けるような事はないがお湯が浸み込んだ服の布地が素肌に密着しボディラインがはっきりとわかってしまう。
一瞬目を向けてしまったがあまりジロジロ見るのは良くないだろうと目を正面に戻す。
するとユーンさんとばっちり目が合ってしまう。
「…。」
「…えっと。どうかした?」
「…いえ、別に。」
「? あ、そういえばこの部屋、っていうかお風呂ってどれくらい入ってて良いの?」
「ああ、1時間半ですね。なのでまだまだ時間はありますよ。簡単なものですが料理も注文することができるのでもう少ししたら食事にしましょう。」
「ああ、そうだね。」
「わーい、ごはんー!」
食後にもう一度風呂に入るならお酒は控えめにしようかと思案し、はしゃぐイオルの方を見ないようにしながら風呂の温もりを堪能した。
ついに100話目です! お風呂回です! 特にお色気感はないですけどね。
タイトルを混浴にしようか迷ったけどやめました。
変に期待させても良くないですしね。




