24:あいつわしのことかわいいとしか思ってない
作中の矛盾点があったため、第二章の22:バラバラダーリン(犠牲者ゼロ)の後半部分を修正しました。
それと明日は更新をお休みします。
「それってプライバシーの侵害ではありませんの?」
幸いというかなんというか、当のイスハルはヨハンネスの修理にかかりきり。
みんなで食事を取る時間にはまだ余裕があり、女の子チームは全員でつの突き合わせて会話をする機会を設けれた。
ジークリンデはレオノーラの問いかけに神妙にうなずく。
「世辞にも褒められないね。ああ、そうだとも。魔力供給を行った場合、イスハルのみ繋がった相手へ思考が駄々洩れになる」
「……なるほど。とはいえ、嗅覚で心を読むわたくしもあんまり強くは言えませんけど」
レオノーラも仲間と行動をともにして長い。
ジークリンデがこういう感心できないことを放置するはずがないはずだ。
「……さっきも言ったけどイスハルは魔力供給の副作用を知らない。
お互いに魔力糸を繋いで両者の魔力を平均値にあわせる際に、魔力の流入と一緒に思考も一緒に流れ込む。『糸伝令』は『相手に聞かせたい』という考えをトリガーに思考を送るけど、これは……魔力と一緒に流れるものだから制御がきかないんだ。結果、イスハルの心が聞こえる。今は無心になって集中してるから聞こえないだろうけど」
「わしの心は聞こえてないわけか。なるほど」
レオノーラは嫌そうな顔をしていたが……ふと、何かを思い出したようにしっぽをぴんと緊張で延ばした。
「あなた……そういえば思い出しましたけど。わたくしたちが、ハルティアから逃げ出してきた元騎士たちを助けた後、獣氏族からの使者と会うまでの間に話をしましたわね?
……あの時わたくしは、ジークリンデ、あなたがイスハルと房中術でも行ったのかといぶかしみましたけど……性的接触はないとおっしゃったわね。
ですけども、それは言い換えれば性的接触以外はあった、というふうにも読みとけますわよ」
「うっ?! な、なんでそんな前のことを覚えてるんだよぉ……」
分が悪いと感じたのか、ジークリンデはもじもじした様子で髪を弄っている。
レオノーラは彼女から恥じらいのにおいを感じながら睨んだ。
「……あなた。イスハルは『思考が流入していることを知らない』と仰いましたわね。
にも関わらずあなたはそれを知っている。
つまり、ジークリンデ。あなたはイスハルに魔力供給の副作用を教えていないということになります。これは……見逃せませんわよ」
レオノーラは相手を見た。
自然とジークリンデに対する目つきが険しくなる。
思考はプライバシーに関わる重要なもの。そんな副作用があると知らないのは問題だ。
ジークリンデは深々と頷いた。
「これに関してはまず謝罪しておくよ。ごめんなさい。
……謝るのはイスハル相手であるべきだけどね」
「のぅ。それならさっさと魔力糸の接続を切るべきではなかろうか? ……そりゃ魔力の回復速度は落ちるが、なんとかなるんじゃろ?」
ジークリンデは首を横に振った。
「それは……実はおすすめできないね」
「なんでじゃ」
「精霊、炎の巨人イグニッカ。君は肉体よりも魔力で形成されているといっても過言じゃない」
「イマイチ自覚ないけど、そうじゃの」
「正直な話、前回君に与えた魔力回復のポーションはかなりグレードの高いやつなんだけど……それでも満腹には程遠いんだろ?」
うむ、とうなずくイグニッカ。
「自己を形成する魔力を回復させる手段は概ねは食事と休養。ただ……なんといってもイグニッカは精霊だ。あんまり魔力回復の事例がなさすぎる。
魔術師の立場から言わせてもらうと、ここでは魔力の回復には可能な限り最良の手段を取っておきたい」
「……命がかかっている以上は嫌とは言えませんわね。わかりましたわ。イスハルには悪いですが、魔力供給は続けていただきましょう」
さすがに人命がかかった状態ではレオノーラも否定はしなかった。
だが、相変わらず目つきは怖いままでジークリンデをじろりと見据える。
「では、次の議題に移りますわよ。……どうして隠すのです」
ブリザードのように不機嫌そうなレオノーラの眼差しが、ジークリンデを射抜いた。
「その説明をするには私の昔話をする必要がある。……ちょっと長くなるし、イスハルにご飯の差し入れをしてから話そう」
一度作業に没頭し始めると、イスハルは無類の集中力を発揮する。
傍で『そろそろご飯にしようか』と告げても無反応。頬をつねって気づかせても『この作業を終えてからね』と答えて集中する。
レオノーラやジークリンデも彼の反応にはもう慣れっこで、なるべく冷めても美味しいものをバケットに包んで傍に置いておくことにした。
レオノーラたち女の子チームは鍋を囲むことにした。
肉と野菜を港町らしい昆布と魚醤で下味をつけ、白身魚と肉類野菜を山ほどぶち込んで蓋をし、じっくりと炊き上げた夕食だ。イグニッカは辛党だが、さすがにシェアすることが前提の鍋にまで辛みをぶち込む蛮行は行わない。
それぞれ小皿にスープごとに分けてもぐもぐと食事を始める。
肉類と昆布、それと海鮮の出汁はやけに濃密で、このスープをじゃがいもをもとに作った透明な水晶麺に絡めて食べるのが美味だと教わった。
特に絶品なのは白身魚で、淡白な味わいに濃密なスープの味を吸って実にうまい。舌に乗せて転がすだけでほろほろと崩れる身は大変に美味しい。
そんな風に美食の晩餐を終えてジークリンデは少量酒をたしなみながらゆっくりと話を始めた。
「……さてと。アンギルダン将軍はお気づきだったけど、二人とも。私が実はエルフの血を少しばかり引いていることは覚えてる?」
レオノーラは頷いた。
「ええ」
「実際にはひぃ婆様あたりがハーフエルフだったらしいけどーー北方のローダキアじゃ混血は忌み嫌われるんだ」
「そうなんですの?」
「うむ」
不思議そうに首をかしげるレオノーラに現地人であるイグニッカが頷いて代わりに答える。
「エルフと人間の混血。いわゆるハーフエルフじゃが、これは寿命がエルフの半分ほどと言われておる。それ自体は構わぬのじゃが……エルフと違って、比較的、妊娠しやすい」
もともと聡明さで『獣将姫』などと呼ばれていたレオノーラだ。その言葉の意味を掴むと少しだけ眉を寄せた。
「ああ。納得いたしましたわ。
エルフの半分の寿命と人間の半分の繁殖力。そんなハーフエルフがたくさん増えると……老人がなかなか死なず。上の世代が残り続け、そして増え続け。結果として食べ物が足らなくなり、皆飢えるのですわね」
「うむ。……愛し合うことは仕方ないにせよ、エルフたちが忌み嫌う道理もわからなくのもないのじゃ」
「まぁわたしから言わせれば『そんなこと言ったって』ってもんさ」
ハーフエルフが増え続ける先が滅亡ならば忌避される理屈も納得はいく。もっとも子供からすれば生まれる前のことで責められても困ると感じるのも、また納得できる。
頷くレオノーラを前にジークリンデは頷く。
「わたしのご先祖は……エルフの血を取り込み、優れた魔術師の資質を持つものを排出してきたけど――次第に。
まるで希少な名馬の血統を増やして売るかのように、一族の血を引くものを売りさばく……そんな生業をするようになっていた」
ジークリンデはため息を吐きながら続ける。
「わたしを購入したのは海の向こうのハルティア。当時、次代の王子の資質に大いに不安を感じていたグレゴール王で。
そこで出会ったわけだ。
サンドール師の元で養育されていたイスハルと……ね」
なお、作中でレオノーラの話している『前のこと』は第一章『15:一件落着と新たなる混乱』に当たります。やっと前にこっそり仕込んだ伏線を回収できた……。




