23:副作用
えっちなイベントはありません。
イスハルたち一行と、アンギルダン将軍の姿は、イスハークの町民たちに見られている。
まさか彼らを巨人と結びつけて考えるものはいないだろうが……口裏は合わせておく必要があった。
一行はたまたま近くで巨人の出現を察した。あの高熱で仲間をかばったためにヨハンネスは現在は面会謝絶の重症……嘘は言っていない。
現在アンギルダン将軍はロックフォート領へと急使を走らせ、事の真相を長老衆に伝えているそうだ。
さて。
そんな中、いつもと違う様子なのはジークリンデだった。
魔術師としての力量は超一流。先の大事もあったことだし、修理を行うイスハルと、彼から魔力の供給を行ってもらう予定のイグニッカはともかく、レオノーラとジークリンデの二人は物資の買い出しやら休息やらと比較的自由な身だ。
「…………」
しかし、宿の一角に用意した、アイテムボックスの空間圧縮技術を利用した即席工房でヨハンネスを修理するイスハルと、その横で足をぶらぶらさせているイグニッカを……なぜだかジークリンデが監視している。
『の、のう。イスハル。なんか彼女わしのことめっちゃ見てない? 恋? 恋かの?』
『どうだろ』
『うむむ、わし申し訳ないけど普通に男が好きなんじゃが……どうやってお断りするべきか』
『……なんだか君にどうやってヨハンネスの正体を傷つけずに教えるか悩んでた先日までの俺みたいな悩みだな』
恋かどうかはわからないが、監視、そう監視だ。
なにやら挙動不審な様子で即席工房の中を覗いているジークリンデ。魔力を用いて隠蔽手段を取っているし、その上さっきから『糸伝令』を用いた通信に応答もしない。
レオノーラもジークリンデのおかしな具合は気づいていたらしい。
しかし、においで相手の精神を察することができるゆえに……相手の私的な問題には口を出さないと決めているようだ。獣氏族風に言うなら『尾のことは口にしない』という意味だろう。
「まぁ。とりあえず始めるか」
「うむ」
イスハルとイグニッカは薬指を絡ませたあとで離す。
そうすればお互いの指の間に一本の糸がつながっている。
「これ、なんで薬指なのかの」
「俺の先生の故郷だと、薬指は心臓に繋がっているって伝承があったそうだけど。……いや、小指だったかな。あんまり意味はないんじゃないか」
「ふむ」
魔力糸を体内に循環する魔力の流れに繋げる。
そうしたあとはかんたんで、高いところから水が低いところに流れていくのと同じこと。 本来精霊に近い炎の巨人イグニッカは、その身に保有する魔力量は膨大だ。イスハルもジークリンデもかなりの魔力量を誇るが、巨人と人間である以上後天的な鍛錬では埋めがたい差がある。
だが……先日おのが消滅を願って魔力を放出し続けていたイグニッカはかなり枯渇気味で、今だけは人間として法外の魔力量を持つイスハルのほうが多くなっていた。
「お、おお……イスハルのほうから流れてくるものを感じるぞ」
「接続は確立できた。あとは好きにしてくれれば大丈夫」
そういうとイスハルは魔力糸を介して修理作業を再開する。
イグニッカは、ふむ、とうなずくとその様子を観察し始めた。
なんといってもハルティア躍進の原動力、不眠不休で動き続ける自動人形の整備する様子は得難いものがある。
「……おー」
例えて言うなら、歯車と滑車のみで時間を図るぜんまい時計の精緻な内部構造を見たときの感動か。
複雑で理解し難いほどに細かなものが噛み合い、影響しあい、正確に時を刻む単一の目的のために動いている。そしてこんなにも細やかなものを作りだす人の叡智に感動を覚える。
ドワーフの技術とは毛色が違うが、間違いなく驚嘆に値するわざだった。
(……後ろからじっと見つめられると、なんだか恥ずかしいな)
イグニッカは感動とともにヨハンネスの内部機構を見守っていたため、その声に最初は気づかなかった。
(それにしてもあんなに派手に大暴れして体は問題ないのかな? お父さんをなくして大変だろうしできることはあるだろうか)
「ん?」
「どうかした?」
だが、さすがに二回目でイグニッカはその声が幻聴ではなくどこかから聞こえてきたのだと悟る。 それに聞こえてきた言葉の意味も自分を心配する内容のものだった。誰かが自分のことを案じている。嬉しいようなくすぐったいような気持ちだった。
はて、これはいったいなんじゃ、と首を捻ったイグニッカであったけど……そうしているうちに先程までじっと観察していたジークリンデがずんずんとこちらにやってくる。
「む? 如何したのじゃ、ジークリンデ! そ、そんな怖い顔して」
それは彼女がめったに見せない真剣味あふれる眼差しだった。その気に圧倒されて思わず後退るイグニッカであったが、足元に広がっていた道具箱に引っかかり思わず転がりそうになり……それを、近くにいたイスハルがとっさに支える。
それはいい。
「大丈夫? イグニッカ」
(ううん。こうして近くで見るときれいな顔をしてるんだなぁ。小柄で幼めの顔立ちだけど炎みたいな髪と勝ち気な眼が相まってすごい美形だぞ)
「にゅ? にゅわー!!!」
突然脳内に聞こえてくる甘い囁きにイグニッカは大声をあげる。
(あれ? どうしたんだろう。独り言にしては元気が有り余ってるけど)
やはり、聞き間違いではない。
先程から耳元で……いや、違う。脳裏から直接声が聞こえてくる。これはなんなのだろうかと問いを発するより早く、ジークリンデがイグニッカの襟首を掴んで猫の子を持ち上げるようにした。
「イスハル! 彼女を借りるよ!」
「え? う、うん」
不可解そうにしながらもイスハルは気にせずに修理に集中を始める。
雑念を消し、修理に集中し始めると、先程まで脳裏に響いていた声が微塵も聞こえなくなった。
「……の、のぅ」
「……やっぱり、わたしだけじゃなかったか」
頭を抱えた様子で呻くジークリンデ。何やら訳知り顔で眉間を抑えながら言う。
「……イグニッカ。イスハルは全く悪気なく君を健康にするために魔力供給の申し出をしたんだが。実はあれ、一つ副作用がある」
「もしかすると、さっきわしの頭に聞こえてきた声かの」
「ああ。ちょっとレオノーラを交えて話さなきゃならないことがある」
ジークリンデは大きくため息を吐き、イグニッカはこれまでの会話で一つの疑問に思い当たった。
「ところでジークリンデよ。……なんで知っとるの?」
やはり、そこを突くか、と言わんばかりに彼女は顔を顰めると、大きくため息を吐いて……顔を羞恥心で赤らめながら答えた。
「……イスハルの魔力糸には『糸伝令』と呼ばれるタイムラグなしで会話する使い方があるんだけど。魔力を相手に送り込む『魔力供給』には魔力を送り込む側の心の声が聞こえる副作用がある。
……そして、わたしも昔、イスハルに魔力を分け与えてもらった経験があるんだ」




