20:奴は戦うために現れたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
体調不良は治りましたが用事やら何やらで本日も短めになってしまっています。
一月29日追記。
すみませんが、本日は更新お休みします。
人の輪郭を持つ巨大な炎の塊が港町イスハークの近くに出現したという一方が訪れた時。
町の人々は当然ながら驚愕と不安を胸に町中からでも視認できる距離にいるソレに集中した。
「……なんだってこんな距離に」
「戦える連中は準備! とにかく氷だ、氷結系の魔術が仕える連中を集めてこい!」
「ええっ?! ジークリンデがいないって? あの射程と火力が一番生きるのはこんな場面じゃねーの!!」
モンスターに区分される相手。それも炎の巨人となると間違いなく脅威度は最大級。
冒険者たちの最上位である白金貨級による対応が推奨されている。
もちろん白金貨級がそうそう都合よくいるはずもなく、冒険者ギルドのギルドマスターの判断は撃退ではなく、いかにして追い払うかに終始することになる。
「にしたって。ああくそ、最近は厄日ばかりだなっ」
苛立たし気にマスターが呻くのも無理はない。
モンスターの大暴走が多発するし、極めつけに炎の巨人だ。
あんな巨大な脅威が町の付近に接近するまで近づかなかったなどありえない。誰かによる隠ぺいの類ではないかと疑いたくもなったが、今はそれを忘れて行動を始めていた。
「……それにしても。動かないんだな」
「出現した位置からまるで微動しないし……なんだろうな」
遠距離から遠見の魔術を用いて炎の巨人を観察するものたちもいる。
……普通、モンスターというものは自分と同族以外のものへと尽きぬ憎悪、殺意のままに行動を行うものだ。
しかし出現した炎の巨人は未だ現れた場所から動こうとはしない。
害がないようであれば、安全な距離からの観察を試みるのが人間の常だ。いつ動き出すかわからない以上、彼らは固唾を呑んで見守り続けることとなる。
「……なんだろう、な」
一人が呟いた。
理性も自我もないはずの炎の巨人が張り上げる咆哮はまるで親を失った子供の悲鳴のようであり。自分を罰する鞭のようであり。
彼は胸を詰まらせた。なぜだか泣けてくる。
そんな風に思っていると――ふと、遠方に、突然に、唐突に巨人と伍する鉄巨人がゆっくりと姿を現した。
なんだあれは。
誰もがいぶかしみながら鉄巨人を見る。最初はゴーレム、それも非常に強力なアイアンゴーレムかと。
だがその形状、その動作の機敏さはゴーレムにはないモノ。それに何より、巨人並みの巨体を誇るゴーレムを作れる魔術師がいれば、世に名を知られてしかるべきであるがそれもない。
ただわかることは一つだけ。
奴は戦うために現れたのだ。
炎の巨人イグニッカは機動巨人へと猛然と襲い掛かった。
相手が何者であろうとかそういう気持ちは念頭から消えている。最初こそ自分自身への憎悪のまま燃え尽きて灰になってしまえばいいと思っていた。
攻撃の理由はない。
無視すればいい。
けれども当のイグニッカに残されていた感覚は、やり場のない怒りと悲しみをぶつけることのできる相手そのもの。
強大なこの五体を全力でぶつけてなお壊れぬ頑丈なサンドバックが欲しかったと言ってもいい。
「敵がこっちを見た。来る」
イスハルは己が遠隔で操る機動巨人へと突進してくる相手に静かにほほ笑んだ。
こちらへと来るたびに地響きがする上、肌に散りつくような熱波はより強まる一方。レオノーラは自分や周りから戦慄、怯え、闘志、様々な感情が入り混じった戦場のにおいを感じ取った。
けれどもただ一人イスハルのみは静かな闘志を燃やして自動人形を操る。
「イスハル、あの機動巨人。直接搭乗して操作する機能はありませんでした?」
「……あったけど、今操縦席の温度は凄いことになってる」
「今は生命維持にリソースを使いたくないんだよ。……よし。準備よし。イスハル。凍結魔術、いつでもいいよ。どこを打つ?」
イスハルは頷くと、指をさして機動巨人の装甲の隙間にある冷却ファンを指さした。
ジークリンデはおかしげに笑った。獣の皮をだめにした失敗から凍結系の魔術を学んではや数か月。初の実戦がまさかイスハルの人形への援護になるとは。
「了解。冷却ファン付近に冷気を発生させて冷却効率をあげるんだね」
「タイミングは任せるよ。さ……やるぞ!」
そのままイスハルは機動巨人に感覚を没入させた。
視覚は一気に巨人の視座となり、目の前には同等の巨人。文字通り自分が巨人となり、周りの木々が背の高い葦に、遠くに見える人々が小人になったかのような感覚になる。
ああアァァァっ!!
打撃戦の距離に接近する相手。自動人形は両腕のガードを崩さずに、相手のがむしゃらに振り回すような打撃に耐える。
まるで駄々っ子が泣きわめきながら腕を振り回すような稚拙な攻撃だが……相手が30メートル級の火炎巨人のものだ。
「ぐぅっ……!? さ、さすがは巨人か、響くぅ!」
一撃一撃の衝撃も、まき散らされる熱波も凄まじく重い。超重量級の巨体がわずかに浮くほどであり、イスハルは平行を保つのに苦心する。




