18:めそめそするより手を動かせば?
巨人。
母体からではなく周囲に流れる魔力や山海の霊気が混ぜ合わさり、自然発生する生物。
その性質は生物よりも精霊と称されるエネルギーに近く、自己の意志や認識によって大きく左右される。
幼いころ、父であるマイヤー=ロックフォートに拾われ、とイグニッカは言っていた。
イスハルも彼女が燃える炭を呑んでいる姿を見ている。自分の認識によって大きさや、体重さえ変えられる精霊に近い存在だったが、それでも彼女がドワーフであり、マイヤーの娘であるという認識が微塵も揺るがなかったのは、両親が彼女のことを慈しんで育てたからだろう。
その根底が、ショックな出来事を受けて壊れ。
箍が外れたのが、今の彼女だ。
「きょ、巨人? まさか、五体が魔力に満ちた至高の素材と言われる、あの?!」
レオノーラの言葉にアンギルダン将軍……ではなく、彼の護衛についていたドワーフの戦士が声をあげた。
ただし驚愕ではない。喜色に満ちた声色だった。
……彼もドワーフだ。槌で鋼を打つことを生業とする種族ならば、素晴らしい素材に目がくらむのもわかる。
だからこそレオノーラは、なぜ故人であるマイヤー=ロックフォートが真相を明かせずに死んだのかよく分かった気がした。
レオノーラはドワーフの戦士を無視してアンギルダン将軍に目を向けた。
「……将軍。一つ伺いたいのですけど」
「うむ?」
レオノーラはそう言いながらイスハルに視線を向ける。アイテムボックスから武器を展開すると……打ってもらった後、形を整えてもらったヨハンネス用の大剣を取り出した。
「確認していただけますかしら? イスハークに来てからイグニッカに打っていただいたその大剣……オルハリコンを使ってますかしら?」
思わぬ言葉に目を剥くアンギルダン将軍は、大剣をあっさりと引き抜いた。身の丈240センチに達するヨハンネス用の武器を軽々と持ち上げるさまはさすが将軍か。
彼は刀身を改め……その目が、顔が、次第に不可解から驚愕、そしてゆっくりと苦渋に満ち溢れていった。
「……この刀身の赤みがかった色合いといい、まるでオルハリコンを用いたと……我々がそう思っていた剣と同じではないか」
「なっ……それでは、こやつらはまさか!」
「何も喋るな! 品位が下がる!」
ひどい誤解をしそうになったドワーフ戦士をアンギルダン将軍は怒号で押さえつけた。
レオノーラも彼が真実に近づいたと知り、口を開く。
「確認させていただきたいのですけど」
「うむ……」
「イグニッカが鉄芯蘭勲章を得た名剣が、オルハリコンを用いた剣だと判断なされたのですわよね?
ならば当然、あなた方はオルハリコンを用いた剣と、イグニッカの名剣を並べて比べて、そしてオルハリコンを用いたと判断なさったのですわよね」
その言葉に、アンギルダン将軍は顔面蒼白になりながら答えた。
「違う。我々は革新的な製法で剣を打ったから。オルハリコンを用いたのだとそう考えた、決めつけたのだ」
レオノーラは眉をしかめた。
「その理屈ですと……もし本当に革新的な製法を発見しても責め殺されそうですわね」
皮肉のこもった彼女の言葉を受けても、アンギルダン将軍は震えた声で答えるのが精いっぱいだった。
「……この剣はイスハークに来てから打った剣、そうおっしゃったな」
「で、では……イグニッカめはまだオルハリコンを隠し持って……」
「そんな訳があるか、たわけっ!」
いちいち勘に触る物言いをするドワーフ戦士にいら立ちが抑えきれなかったのだろう。アンギルダン将軍は今度は拳骨を用いて部下を黙らせた。
「イグニッカ嬢ちゃんはロックフォート領から身一つで放り出された、金も道具も持たされずに死んでしまえと言わんばかりにな!
そんな状態でオルハリコンを持ち出せるわけがない……つ、つまり……ああ、つまり!」
レオノーラが行き着いた真相に、将軍も至ってしまったのだろう。自分たちが誤解してとってしまった行動が……結果として無実の人間を死に追いやり、父を慕う娘に残酷な事実を教えてしまったと悟った後悔の涙を流す。
「精霊鉄だったのか、わしらがオルハリコンを用いたと思った剣は自分をドワーフと思い込んだ巨人が、自分の体の一部を用いて打った剣で……わしらはそれをオルハリコンを用いたと勘違いして……ああ! ああ! だがどうして!
どうして本当のことを教えてくれなかったのだ、マイヤー!! お前がただ一言、本当のことを教えてくれたならこんなことには……!」
レオノーラがいう。言葉には氷の冷たさと、鞭のような容赦なさが含まれていた。
「さっき。そちらのドワーフ戦士の方が巨人化したイグニッカを『至高の素材』と仰りましたわね。
……それが、ドワーフの方々の一般的な認識なんですの? アンギルダン将軍、あなたはイグニッカと個人的知己であるけど、それ以外のドワーフは、彼女を資源としか見なさず……マイヤー大棟梁は真相を明かしたら、娘の五体を鋳溶かして武器にされると思ったのでは?」
「わしらがそんなことをすると……!! ………………ああ……いや。そうだな……そんな男たちと思われたから……マイヤーは自ら命を絶ったのだな。
ああ、実際にわしら長老たちは……イグニッカへ死刑に等しい刑罰を与えたのだから、マイヤーの心配は実に正しかったわけよな……」
反射的に拳を握りしめようとした将軍は、しかしわが身を振りかえり、怒れる立場などではないと気づいてがっくりと膝をつく。
今、彼はおのれ自身への失望と絶望の中にいた。
無実の友人を自害に追いやったこと。自分たちドワーフの長老会が、友人の娘を殺害する冷酷な組織だと思われていたこと。
……自己弁護などできない。オルハリコンを着服したマイヤーの娘というだけで、長老たちはイグニッカを国外追放にしたのだ。
「……もしかして、ドワーフって燃える炭を食すことできないのか」
「突然何言ってるんだいイスハルぅ?!」
イスハルの素っ頓狂な発言にジークリンデが目を丸くして叫んだ。
「いや。みんなで山小屋に止まった日にイグニッカが燃える炭を食べていたから。ドワーフはみんな炭を食すのかなと」
レオノーラとジークリンデの二人は、「ええぇ……」と言わんばかりに眉を顰めた。
自分の世間知らずを宣伝するような発言にイスハルは少しだけ恥ずかしそうに俯いたあと。
世の悲劇すべてを憎む清冽な怒りの眼差しで言った。
「起きたことを悔やんでめそめそするより、建設的な話をしよう」
イスハルはヨハンネスをアイテムボックスの中に格納すると……絶望の叫びをあげ続ける炎の巨人を見やった。
「彼女をもとに戻す」
「……わたしも手伝いはするけどちょっと自信はないなぁ。最近凍結魔術を練習し始めたけど……根源的な熱量が違いすぎる」
ジークリンデは困ったように呟いた。
イスハルも頷いた。
「今のイグニッカは炎の塊だ。例えヨハンネスが完全でビームサーベルが使えても……しょせん熱。いまの彼女には有効じゃない」
「……ならば、手伝わせてくれ。ハルティアの人形使いよ」
絶望と後悔の中に打ち沈んでいたアンギルダン将軍は、しかし前を向いてこれ以上の悲惨を食い止めようとするイスハルの言葉に真剣な眼差しで答えた。
「命は貴殿の人形に救われた。友人の死の贖いのため、わしの命、どうとでも使い潰されよ」
「必要なら死んでもらうし、なるべくそうならないようにするけど……たぶん、あなたの助けは必要ないよ」
イスハルの本気の目に、レオノーラは尋ねる。
一度この目をしたなら、もう絶対に止まらないだろう。
「では、どうしますの? 力を尽くすにせよ、勝ち目のある手を探しましょう」
「ここは港町イスハークだ」
イスハルは燃え上がる炎の巨人イグニッカではなく。その遥か遠方にある海を指さした。
「海に落として頭を冷やさせる。
死にたいなんて気持ちってのはだいたい一過性で、一度冷静になってみれば案外落ち着くものだ」
「なるほど、そうですわね。でもどうやって――――ああ、なるほど」
「……うん。サンドール師には感謝しないとな」
レオノーラはイグニッカを海に落とす具体的な手段を聞こうとして……すでに回答を知っていることを思いだし、疑問の答えを得た。
イスハルは頷いて前に進み、アイテムボックスを手に取った。
これから展開する大質量は周りのものをまきこみ、踏みつぶすほどに巨大だからだ。
「さぁ、出ろ――」
それが、出現する。
体躯こそ人型だが、巨体。木々よりも大きく分厚く堅牢。鋼と鋼をより合わせ、更に鋼でくみ上げた鋼鉄の姿。
真性の巨人を前にしても見劣りすることのない、人智がなしえた人造の鉄巨人。
全身は巨大だが、両腕はさらにいびつと呼んでいいほどにさらに巨大。
右腕の『飛翔用推進器』と左腕の『衝撃杭』を内蔵した双腕が地面に手を付け、身を起こすために力を発揮する。
全身を鋼の装甲に覆い隠した鉄巨人は、両目の位置から真紅の光を発した。
ばすん、ばすん、と腰部、姿勢制御用アンカーが四方八方に勢いよく飛翔し、地面に突き刺さる。固定完了と共に鎖を巻き上げ、背中の推進ユニットから炎を噴き上げながら、それはゆっくりと立ち上がった。
炎の巨人イグニッカを目指し、脚部が持ち上がり、地揺れさえ引き起こす規模の前進を始める。
「……機動巨人! 彼女を海へと追い落とせ!!」
Q:あまりにも巨大で対抗困難な相手はどうやって制圧する?
A:巨大ロボを使う。




