17:炎の巨人
「……関節部の隙間から高熱が流入してアクチュエーターが焼き切れてる。全面的な修理が必要だが――機能中枢は無事だ。……ありがとうヨハンネス。お疲れ様」
イスハルは魔力糸を介してヨハンネスの状態をチェックし、安堵のため息を吐いた。
ドワーフのアンギルダン将軍も、あの超高熱、あの衝撃を浴びれば種族的に熱に耐性があると言っても一瞬で焼死しただろう。ヨハンネスだって中身が機械でなければ即死したはずだ。
「……ハルティアの人形使いとお見受けする。命を救っていただき感謝する」
「……まぁ、気づくか。いいさ。あなたが死んだらイグニッカが悲しむだろうから」
イスハルは冷やかな眼差しで……体の端々にやけどを負いながらも息のあるアンギルダン将軍を見下ろした。
できるなら隠してはおきたかったが、もともとイスハルは善良な気質で人が死ぬのを見過ごせる性分ではない。とっさにヨハンネスを守りに入らせていた。
そうして将軍に向けた視線を別の方向にやる。遠方には人の姿をした溶岩と炎、鉄の巨体と変化した――おそらくは、イグニッカだったものがいる。
……周囲は汗ばむほどの熱気で充満しているのに。
アンギルダン将軍は背筋に冷や汗を感じていた。イスハルは氷より冷たく剣呑な殺気と共に将軍を見下ろしている。レオノーラもジークリンデも、それを止めなかった。
ドワーフの護衛たちは将軍を守ろうと臨戦態勢の気構えでイスハルを睨んでいる。一触即発だ。
「さて。あんた、何を言った」
「……言えぬ」
将軍は答える。
自分の発言の何かがイグニッカの体をああいう状態に変化させたのは分かる。しかしイグニッカに話したことの真相には、ロックフォート領が長年隠匿し続けてきた機密もある。
そんな空気の中、ジークリンデは遠方から観察し続けてきた炎の巨人イグニッカから目線をそらして挙手し、発言した。
「イスハル。概ねあの状態の彼女の目的が分かった――と思う」
イスハルは将軍から目線をそらさぬまま口を開いた。
「あの状態のイグニッカは何を求めてる? 将軍の命か?」
「さっきのイグニッカが引き起こした爆発はたぶん衝動的なものだから……違うね」
「……あら。それなら何かしら」
レオノーラも肩に大戦槌を担いで剣呑な眼差しでドワーフ戦士たちと睨みあいながら訪ねる。
ジークリンデは嘆息と共に答えた。
「何かを探す様子もなく。攻撃する感じでもない。
あの状態の彼女はひたすら無為に自己を形成する魔力を熱に変換して放出し続けているだけだ。そこから察するに――。
彼女の目的は……自殺だ。
自らに内包した膨大なエネルギーをまき散らした末の……自分自身の消滅が目的だ」
「……ッ」
「まだだんまりか、将軍」
親族の訃報でも聞いたかのように苦し気な表情になるアンギルダン将軍にイスハルは、刃めいた鋭い言葉で吐き捨てる。
短い時間ではあったけど、親しく会話もした。その苦衷を知って力になりたいとも思った。その気持ちの行きつく果てが、消滅など到底我慢できない。
今はとにかく手掛かりが欲しかった。
アンギルダン将軍は俯くと……ぼつぼつと話し始める。
イグニッカは、旅先で出会った彼らを心の底から信頼しているように見えた。父を亡くし、国を追われ、あてどのない旅をしたはずなのに楽しそうに笑えたのは彼らのおかげであったなら。きっと悪人ではあるまい。
「……わしが話したのは、彼女の父の死にまつわる真相と、ドワーフの行く末に関わる秘密のことだ」
誰にも明かしてくれるなよ、と念押ししながらアンギルダン将軍は立ちすくむ炎の巨人に目を向け、少しずつ真相を告げた。
イグニッカに聞かせた真相をすべて聞き終え……イスハルはうめくような声をあげた。
レオノーラは鼻を引くつかせて言う。
「……このあたり一帯に満ちるのは木々や草花が燃える炎の焦げ臭いにおいと――それと」
「それと?」
「もう死んでしまいたいという絶望のにおい」
イスハルは静かな怒りを漲らせながらアンギルダン将軍に目を向ける。
だが、それを止めるようにレオノーラが肩を掴んで押しとどめた。代わりに一同の代弁をするかのようにレオノーラが口を開く。
「……アンギルダン将軍。つまりあなた方はマイヤー=ロックフォート大棟梁が秘密であったオルハリコンを盗んで娘の立身出世、栄誉のために用いたとおっしゃるのですわね? ご友人として彼はそういう悪事を働く人だと思いますの?」
「いや。思わぬ。マイヤーはいささか気弱ではあるが、実直謹厳な男じゃ。彼の遺書がなければ半信半疑であったろう」
そう、ですのね、と言いながらレオノーラはため息を吐いた。
もともと聡明な彼女の頭の中には、ロックフォート卿の身の上に何が起こったのか少しずつ正解が見え始めている。
行商を護衛しながらロックフォート領に赴く際、小屋に止まった。旅人のためにああも行き届いた施策をする人が、盗みなど働くだろうか? もっと重要な事情があったのではないか? と、彼らは気づけなかったのか。
イスハルは遠目で、巨大な火柱の中にたたずむイグニッカを見上げた。
泣いている。ほほよりつたう液体のごとき炎が地を焼いている。周囲の木々も高熱に耐え切れずに炎上を続け、あちこちから動物、モンスターを問わずに逃げ出していた。
「イグニッカに関するおかしい点もこれで納得がいきましたわ」
「納得? なんだったかい、しっぽ女」
「わたくしが最初、彼女を持ち上げられぬほどの重量を感じた時ですわよ」
ああ、とジークリンデは頷いた。
最初行き倒れていたイグニッカを持ち上げようとした時、膂力に優れる獣人のレオノーラが持ち上げられず、ヨハンネスを魔力で強化してようやくそれが叶った、その時のことだ。
「あの時の彼女は疲労困憊で気を失っていましたわね。おそらくは無意識に行っていた自分自身の重量低減さえも完璧に行えなかったのでしょう。
……でも、ようやく分かりましたわ。彼女は――おそらく自然発生した炎の巨人だったのですわね」




