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16:その真相(下)

「そんなバカな話があるか!」


 アンギルダン将軍の言葉にイグニッカは反射的に怒号を張り上げていた。

 だがイグニッカの怒りを前にしても、アンギルダン将軍の静かな表情が揺らぐことはなかった。むしろ孫のように接していた彼女を痛ましげなまなざしで見つめ、包み込むような穏やかな言葉で答える。


「……嬢ちゃんが知り合った一人、レオノーラ嬢は獣人よな?」

「それがどうしたっ!」

「彼女ならば、相手が嘘をついているか否か、においで識別できるはず。あとでわしを前に立たせて試せばよい」


 イグニッカは、ぐむぅ、と胸を刺されたかのような苦しげな声をあげて椅子がわりの丸太に腰かけた。

 嘘をつく気がない。獣人の嗅覚を前にすればどんな人間も感情を丸裸にされると聞いたことがある。すくなくともアンギルダン将軍は、イグニッカの父マイヤーの死が自殺であると確信している証となる。


 だが、受け入れられるかは別だ。


 イグニッカの気持ちが落ち着くのを少し待ってからアンギルダン将軍は話を再開する。


「……事の発端は……嬢ちゃんが品評に出し、鉄芯蘭勲章を受章したあの名剣じゃった」

「何を言うておるのだ、将軍。今更あれが何か」

「あの切れ味、あの強さ、しなやかさ。並みならぬ宝剣であると評価され、視察に赴いていたアンベルバード王国の貴族が是非にと所望されたのよ。

 名誉なことでもある。マイヤーを通して許可を取りに行ったな?」

「む? ……うむ。覚えている」


 ……わずかに一点、父であるマイヤーにしか伝えなかった秘密が、急に嫌な重みとなって、背中にのしかかってくる感覚を覚えた。

 服の中でじっとりとおびえが鎌首をもたげる。


「……アンベルバード王国の監察官はこういった。『この剣は鋼ともう一種、未知の金属を混ぜ合わせて生成されている。ぜひ生産法を教えてほしい』と通達があった。マイヤーから話を聞いた覚えはあるかね?」

「い、いや。それはない」


 父であるマイヤー=ロックフォートは、イグニッカが剣に自分の燃える髪を混ぜ合わせて剣を打ったことは絶対に隠しておきなさい、と言明した。

 あの穏やかで少し気弱げな微笑みを浮かべる父が、あの時だけは有無を言わさぬ決意をもって命令したのだ。よく覚えている。

 だから対処は父がやってくれていたのだろう。イグニッカはそう思った。思っていた。


 アンギルダン将軍は、そうか、と大きくため息を吐いて目元を覆った。

 

「……イグニッカや」

「うむ」


 将軍の眼差しは遠く離れたロックフォート領の故郷の景色を思い出したかのように穏やかで、懐かしさをたたえている。


「終焉山は覚えているかね」

「そりゃもちろんじゃろ。我々ドワーフは山を信仰しておる。その中で最も大きく雄大な信仰対象がかの終焉山よ」

「本当はな。違うのよ」


 え? と疑問で首を傾げるイグニッカに将軍はゆっくりと答えた。


「終焉山中腹には大きな神殿がある――が、な。

 実際は違うのだ」

「違うって、何がじゃ」


「終焉山の中腹には――地表に露出したオルハリコンの大規模鉱床がある」


「…………は? 将軍、何を言うておる」


 ひたり、ひたりと――あの日打った名剣とともに秘された秘密が、そっとイグニッカに忍び寄る。

 彼女の呆けたような顔と声に、将軍は無理もあるまいと頷いた。


 オルハリコン。神の金属。

 史上最高にして最硬と呼ばれる金剛不壊の超金属。その効果はすさまじくわずかな量を普通の鉄に混ぜ合わせ、合金とするだけで材質として非常に優れるようになる。

 ただしその分希少で、めったに見つかるものではない……はずだった。


「我々ドワーフの父祖は……ある日、山の中腹からわずかに覗いた虹色の輝きに目を奪われた。地表すぐ近くに存在するオルハリコンの大規模鉱床にみな色めきたち、喜び、神の恵みと思い……そしてその実、死神の手招きと気づいたのだ。

 もしその存在が外部に漏れれば、この世のすべてが我々の敵になる」


 考えすぎ……とは言えない。

 ほんのひとかけらでも大騒ぎになる金属が、膨大に埋蔵されている終焉山をめぐってハンディウム大陸のすべてに狙われる可能性は十分にあった。

 

「もともと我々に山岳信仰があったのは本当のことよ。だが終焉山に神殿を築いたのは……地表に露出したオルハリコンの輝きを覆い隠すためであった」

「……それが、今回の事件にどう……かかわってくるというのじゃ」


 いや……イグニッカは、本当は最悪の予想をうっすらと気づき始めている。だがそれを認めるのが恐ろしくて、懸命に考えないように、頭を働かせないように必死になっていた。

 喉が渇く、心臓が早鳴る。血の気が引く感覚がして、気を抜けば目の奥から涙がこぼれそうになる。


「……オルハリコンの鉱床の存在は、わしら数名のドワーフの将軍と最高位の鍛冶職人、そして我らのまとめ役にあたるロックフォート大棟梁しか知らぬ最大の秘密。

 だが――そこにイグニッカ嬢ちゃんの名で、並外れた名剣が出展された。

 わしらは疑った。疑うより他なかった。マイヤー=ロックフォート大棟梁は禁忌の地である終焉山から、オルハリコンを密やかに盗みだし。娘可愛さにそれを娘に与えたのではないか? と」

「ち……違う!」

「そうじゃろうな。オルハリコンを盗んだなどと娘に言えるはずがない」


 いや、違う。そうではない。

 イグニッカは言葉を飲み込んだ。あの名剣にはオルハリコンなど一かけらも用いてはいない。使ったのは鉄鉱石を食らったときに伸びた自分の髪が変じたへんてこな鉄だ。

 だが秘密を明かそうと思っても、かつて父と交わした沈黙の約束が阻む。


 考えてはいけない。

 その結論に行きついてはいけないと心の奥底に沈む無意識が叫ぶ。

 けれど考えずにいられない。イグニッカが国外追放を受け、塗炭の苦しみを耐え忍びながらも生き延びたのは父を死に追いやった何者かを追い詰め、自分の大切なものを奪った罪を贖わせることにあった。


 けれど。


「……オルハリコンの秘密を担うわしらドワーフの長老衆はマイヤーを詰問した。

 お前はオルハリコンを盗んだのか、と」

「……」

「その秘密が外部に漏れればわしらドワーフは破滅する。それをわかってやったのか、と。その詰問の最中じゃった。

 ……一人になったマイヤーはひそやかに毒を仰ぎ。遺書に『自分がオルハリコンを盗み、娘のために知らせぬまま与えた』と残した」


 いやだ、いやだ、いやだ。

 最悪の予想が喉元までせりあがってくる。


「あのギュネー監察官は、わしらドワーフがオルハリコン鉱床を隠し持っていることまでは探れなかったろう。じゃが、オルハリコンの存在は知らずとも、何か新しい製鉄の技術を開発したに違いないと考え……お前さんに取引を持ち掛けたはず」

「わしが追放されたのは……なぜじゃ?」

「……ドワーフの長老衆には、知らず知らずとはいえオルハリコンを使っていたイグニッカ嬢ちゃんを死刑にすべきだというやつもいた。

 だから、長老衆にとってイグニッカ嬢ちゃんは……死んでくれたほうが都合が良かったのだ。

 最初はギュネー監察官を放置したのもそれが理由よ。卓越した製鉄の技術などどこにも存在はしない。やつが何をしようと関係はない――まぁ。あまりにも執拗に探ろうとするゆえ、長老衆が手を下したのだがな。

 ……ほんとうに、迎えにくるのが遅くなってすまん。他の長老衆を説き伏せるのに時間がかかりすぎてしまった……イグニッカ嬢ちゃん、マイヤーが禁忌を犯したとはいえ、無実の――」



「ちがう! 父上は……無実じゃ。

 父上を殺したのは……ほかならぬ、このわし自身ではないか!!」



 イグニッカは叫んだ。

 もう自分をごまかすことも偽ることも許されない。



 ちがうのだ。自分は無実ではない――むしろ、すべての発端は自分自身にあるのだ。

 最初は、大棟梁というまとめ役でありながらも年若いドワーフに侮られる父マイヤーの名誉を取り戻したかった。あの父の弟子である自分はこんなにも素晴らしい名工であるのだと胸を張りたかった。


 だけど、名剣の製法を明かすことはできない。

 イグニッカの肉体はずっと不可思議だった。髪は燃えるし、燃える炭を食えるし、見かけもドワーフらしくない。拾い子だとしても一体自分はなんなのかわからなかった。

 

 そんな自分の髪が、肉体が、オルハリコンを用いたと疑われるほどの名剣の材料になると知られればどうなる? 

 軟禁されて延々鉄鉱石を食わされ髪を切られ続ける人生?

 もっとひどければ五体を八つ裂きにされて炉にくべられる?


 ああ。

 わかった。

 父マイヤーは最悪の事態を恐れた。娘が八つ裂きにされる可能性を恐れた。


 だから、イグニッカには鉄芯蘭勲章を得た名剣の製法を明かさず、何も言うなと言い含め。

 父のためにと名剣を打ったイグニッカにより、オルハリコンの盗難を疑われたマイヤー=ロックフォートは。



 冤罪を認め、自分の名誉も顧みずにオルハリコンを盗んだと遺言を残して

 


 娘を……守るために、自害したのだ!!



 父を愛する娘の心に、追い詰められ殺されたのだ……!!

 

 








 イグニッカのほほを伝う涙が……地面に落ち。

 水滴の姿をした炎は、ぼっ、と、森の地面に生えていた草木を燃やした。

 

「わしの……わしを……守るために? 父上は……あ、ああ、ああああっ!!」


 なに? とアンギルダン将軍が訝しみ、一歩踏み出そうとしたところで――頭を搔きむしるイグニッカを中心に強烈な熱波が渦巻く。

 木々の葉を巻き上げ、突然出現した超高熱によって瞬時に発火点を突破し燃え上がる彼女の足元。

 頬を撫でる風は、炉から吹き付ける熱風よりも遥かに強烈に変化し。


「う、わあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 泣いているような悲鳴がする。

 次の瞬間、膨大な熱と衝撃が周囲を赤く染め上げるさまに命の危機を覚え。




 アンギルダン将軍は。



 凄まじい轟音を引き連れ、推進炎を噴き上げながら想像を絶する神速で割り込み、自ら盾になったヨハンネスの向こう側で。




 巨大な炎の巨人と変化した、友人の娘の姿を。




 見た。


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― 新着の感想 ―
[一言] つまり正しく【禁忌】の犠牲となったのか…
[一言] 素晴らしいの親子愛ですか、悲しいですね…
[良い点] あ、推進剤使っちゃった かなりの鉄火場だけど、その勢いで誤魔化せるかどうかー? それはともかく、やはりイグニッカの素性は特殊でしたねー 火の精霊か、オリハルコンの化身か なんにせよ、そん…
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