15:その真相(上)
次の日の早朝に、イグニッカ宛に早馬を走らせたドワーフの貴人から手紙が送られると知ると、さすがにイスハル達は警戒せずにいられなかった。
イグニッカより渡された手紙を見れば丁重な文字で、『イグニッカの身に振りかかった冤罪は晴れた。こちらに参るゆえ会って細やかなことを話したい』と書かれている。
「会おうと思うのじゃが」
「……わたくし、試みに問いますけど。この手紙の主のお人柄はいかがかしら?」
「ドワーフの将軍、アンギルダン殿じゃな。わしの父、マイヤー=ロックフォートとは莫逆の友であったと聞いておるし、わし自身もあの人が謀殺などという後ろ暗い汚れ仕事に手を染めるとは思えぬ。……思えぬがなぁ」
会って話をしたいというのだから、何か目的はあるのだろう。
危険に踏み込まねば欲しい真実にはたどりつけない。ならば腹を括って挑むのも一つの手ではある。
イグニッカは横で直立するヨハンネスにきらきらした目を向けた。
「まぁよい。ダーリン、申し訳ないがわしのことをお守りくだされ」
その言葉にイスハルは魔力糸を介してヨハンネスを操作する。万事俺に任せておけ、といわんばかりに胸部装甲板……もとい、胸板を叩いた。
(イスハル……あなたそういう風に丁寧な嘘をつくからまだイグニッカがヨハンネスのことをダーリン扱いしてますのよ?)
(こればかりはしっぽ女に同意するよ。……そろそろすっぱりと真実を告げねばならないんじゃないかな)
(うう。……わ、わかってる、けど)
そんな風に演技を続けさせるイスハルだが、女性陣二人からの視線は厳しめだ。
いずれ真相は明かさねばならない。泣かれるだろう。あの時ヨハンネスを用いてくそ重かったイグニッカを抱えさせねばこんなことにはならなかったのだろうか。
イスハルは小さく嘆息を溢した。
その日は少しずつ曇り空が広がっていた。強烈な日光よりも少しぐらい日差しが弱くなるほうが野外での活動はしやすくなる。
大勢が使う街道を、人間の生活区域ではあまり見かけない騎獣にのった一団が進んでいく。身なりを見れば、数名のドワーフたちが只者ではないとわかるだろう。
イスハークの街道を数名の猪騎兵と……指揮官と思しきドワーフが暴君熊に騎乗して進んでくる。
全員が鋼鉄製の堅牢な甲冑をかぶっている。騎兵も同様に鎧を纏った完全武装の姿だ。移動の途中も兜の隙間から眼光をのぞかせて周囲の警戒に努めていた。
肉厚の戦斧やハルバートを担ぐ腕は太く逞しい。
手練だ。全身から発する武威は周囲を圧する力を秘めていた。
そうして待ち合わせ通り、街道より少し離れた場所にて一同は顔を合わせる。
先頭の男性、ドワーフの将軍が頷いて口を開いた。
「久しいな、イグニッカ嬢ちゃん。……そっちの若人たちはお前さんの知り合いかね」
「うむ。わしが――ロックフォートより着のみ着のまま追放され、半死半生のところを助けていただいた友人たちじゃ」
「ええ。そうなりますの。はじめまして。ドワーフの方」
「獣人の方とは珍しいハルティアの御仁に……そちらの銀色の髪の女性……わずかながらエルフの血を引いているとお見受けする」
「へぇ? 聡い方だ」
レオノーラが会釈し、ジークリンデはかすかに驚いたような顔のあと、少しだけ笑った。
「あら。あなたそうでしたの?」
「……耳も長くはないし、魔力に至っては凡人より下で落ちこぼれ扱いでね。反吐が出るような不愉快な思い出しかないんだから忘れてくれると嬉しい」
そう尋ねたレオノーラだが、イスハルが全く驚いた様子も見せていないことに気づいた。もとから知っていたのだろう。
少しだけ拗ねたようにほほを膨らませる。彼と一緒にいた時間が多い彼女に不満げな表情を見せた。
アンギルダン将軍が言う。
「さて、そろそろ用事を済ませよう」
誰にも会話を聞かれぬ場所で、密談を行いたい。
手紙の通りの位置でイスハルたちはロックフォート領より訪れたドワーフたちと会談の場を設けた。
指揮官と思しき壮年のドワーフは兜を脱ぎ捨てると厳しい表情を浮かべた蓬髪にとげのようなヒゲを生やした素顔をのぞかせる。右目のほうは隻眼で閉じられていたが……長年の鍛冶仕事による失明からの隻眼ではなく。目のあたりに走る刀傷によるものだと伺いしれた。
「まずはお前さんと二人きりで話したいが。よろしいかね」
「まずはその前に、彼女を無実の罪で国外追放にし、半死半生の目に合わせたことを詫びるべきじゃないかな」
イスハルは静かな眼差しのままでイグニッカの弁護に回った。
言葉こそ静かで落ち着いているように見えるが、その奥底には冷たく凍えるような怒りが満ち溢れている。たった一人で死ねばよかろうと言わんばかりに母国から放逐する冷酷さを、イスハルは嫌悪した。
「そうか。……それがしの名はアンギルダン。ドワーフの猪騎兵を率いる将軍の一人になる。
まずはイグニッカや。詫びよう。……状況を引っかきまわした人間の対処にかまけ、友人だったマイヤー大棟梁の娘の安否をおろそかにしてしまうなど。石で頭打って詫びるべき失態」
深々と頭を下げるアンギルダン将軍の姿に、イスハルも取り合えずは納得したのか、頷いた。
イスハルは将軍の後ろに控えているドワーフ戦士たちが……自分たちの上位者である指揮官が深々と腰を折る姿に不満を覚えているように見える。とっさに割り込めるように注意を払いながら言った。
「イグニッカ、どうする」
「……聞こう、わしはこれから先一人で赴く」
そうか、とイスハルは頷き。イグニッカを見送る。
アンギルダン将軍の部下に当たるドワーフも静かに黙礼し……二人の背を見送った。
「まずイグニッカよ。お前の父にして我が友マイヤーの死に纏わる報告をしよう」
「うむ……頼もう」
アンギルダン将軍とイグニッカは少し進んだ森の中、年月を経て自然とへし折れた木々の一つにお互い腰を下ろして相対した。
かつては父の親友、友人の娘として親交のあった二人。だが今やイグニッカは不審と疑念を込めてアンギルダン将軍を睨み。将軍はそれに気づいたか、あるいは気づかぬふりをしたか。意識して事務的に言葉を発した。
「……医師の所見に加え、我々がマイヤーの死因を徹底して調べ上げた結果はな。
我が友、マイヤー=ロックフォートの死因は。
疑う余地など一つもなく――『自殺』――だ」




