14:渦中
いつもありがとうございます。
明日は更新をお休みします。よろしくお願いします。
それと本日はあとがきに一つお知らせがあります。
重厚な甲冑を身に纏いながらも呼吸一つ乱さぬ肉体の強靭さ。大剣を毎回使い潰すと言われるほどの剛腕。そして寡黙で背中でしか語る術を持たない男。
「うおおお! ダーリン!! うおおお!!」
窮地を救われ大興奮ぎみのイグニッカ。そんな彼女に対してヨハンネスは――正確にはヨハンネスを操るイスハルは、自動人形を操った。
「な……貴様はっ」
返答する必要はない。剣を用いた戦闘用のモーションパターンを用いずとも全長は240センチ。巨体を鋼の甲冑で包むヨハンネスは、ただ腕を雑に振り回すだけで暴力の暴風と化す。
先に突入させたヨハンネスを追うようにイスハルが姿を現し……圧倒的な質量と暴力で制圧された連中を見下ろした。イスハルは彼らの喉元と耳に魔力糸を張り付けていく。
「お、おお! イスハル……その、どうしたんじゃ。わしは入るなと言うたはずじゃが」
「怪しげな連中が君のいる鍛冶場に入っていくのを見たからね。ヨハンネスと一緒に踏み込んだ。邪魔だった?」
「い、いや。正直助かった。ダーリンもすまぬ」
そういうが早いか、イグニッカはヨハンネスの胸板(胸部装甲板)にむしゃぶりついている。
ただ……イグニッカは窮地を救ってくれた彼らに感謝を伝えていたものの……少しずつ後悔の色が顔に浮かんできた。そのまま両腕を離し後ずさる。
「ああ……いや。助かった、助かったが……のぅ。イスハル。ここで別れぬか」
「君のほうの事情に関係があるのか?」
「うむ。うむ……どうもわしは。このアンベルバード王国の相応に権力を持つ輩に目を付けられているようでな」
「なら。以前仰っていたご事情。お聞かせ願えますかしら?」
「そうだね。飢え乾いてのたれ死ぬかもしれないきみを助けて、その後の消息が行方不明の生死不明というのはいささか心苦しい」
「お、おぬしら」
と――会話を進めていけばレオノーラもジークリンデも姿を現す。
自分の窮地を前に手助けに来てくれた相手に対する感謝と……そして私事に巻き込んでよいものかどうかという躊躇いの中……イスハルは鍛冶場の外を見ながら言う。
「ところで。もう夜だけど」
「マジでか。むぅ、ひとたび集中すると寝食を忘れるのはわしの性分じゃが、しかしこやつらをどうにかせねば」
「ところで、イグニッカ。わたくしからあなたに一つご提案がありますの」
「む?」
いぶかしむ彼女にレオノーラは真面目な顔のまま提案する。
「彼らを獄にも放り込まず。司法にもゆだねず。このまま放置するという選択ですわね」
「はぁ? 何を言うておる」
イグニッカが疑問を口にするのも無理はない。数を頼んで彼女を害しようとした連中相手にどうして仏心を出してやらねばならないのか。
だがそんな疑問に答えるようにレオノーラは嫣然とほほ笑んだ。
「ご心配なく。……もうすでに、糸は付けてますのよ」
「お話は分かりましたわ。イグニッカ、あなたのお父上、大棟梁マイヤー=ロックフォート卿の不審死。それに加えて裏取引を持ち掛けたアンベルバード王国のギュネー監察官という男。
確かに、一介の冒険者などでは荷の重そうな相手ですわね」
「……おぬしに任せてみたが、ほんとに放置で良かったのかの?」
「ああ、心配しないでいいよ、イグニッカ。わたしやイスハルと違ってしっぽ女はこういう悪知恵は働くほうなんだ」
涼やかに答えるレオノーラは、混ぜっ返すジークリンデにしっぽをぺちんぺちんと叩きつけながら睨んだ。
イグニッカにはこの状況を紐解くほどの知恵はない。だからレオノーラの提案がどのような結果をもたらすかわからずとも、自分の行動よりはいい結果になるだろうと信じて預けることにした。これでイスハル達が自分を欺こうと……ここまでよくしてくれた相手なのだ。もうこれでだまされるなら仕方ないではないか、と腹をくくったのだ。
「それにしてもおぬしら、飯は良いのか?」
「事前に済ませていますので、今はあなたのお腹を満たすことだけ……あの、それにしてもそれ食べれますの?」
レオノーラはイグニッカが近所の酒場へと要求した肉の煮込みを見ながら、心底嫌そうに鼻を抑えた。
ドワーフらしく彼女は実に大食漢であったけど、それは別に良い。ただイグニッカが要望した肉の煮込みは――赤い。正直漂ってくるにおいの時点でレオノーラは口の中が辛くなってくる。
「うむ。旨いぞ。炎のような味わいじゃ!」
「そ、そうかい。……ところでイスハル。そっちは?」
人間であるジークリンデでさえ感じるほどの熱さと辛さに嫌そうな顔をしたが、近くの椅子に腰かけ、指先から魔力糸を四方八方に延ばして観測を続けている。その横ではヨハンネスが無言のまま直立していた。本当ならアイテムボックスの中に入れておきたいところであるが、イグニッカの恋を破壊する決心はまだできないでいる。
イスハルはジークリンデに頷くと……その指先より伸ばした糸を小箱に繋げた。三人も初めてみる小さな装置である。
「イスハル、それは何だい?」
「拡声器、そう呼んでる」
小箱の上にはまるで花のように開いた金属の機関が備わっており、イスハルはそれに魔力を通して稼働させる。そうすると、花のような機関から人間の声が響き渡った。
『それで……おまえたちはあの小娘とその仲間にまんまとやられて逃げ帰ったわけか!』
『も、申し訳ありません』
「ぬ……この声」
「お察しの通り、あなたに襲い掛かってきた連中ですわね。わたくしたちが初めてあなたを見つけた時に話しかけてきた――ロックフォート領に入り込んでいた人間の兵士ですわよ。
……あなた、たぶんつけられてましたのね」
レオノーラは、気絶した襲撃者の顔を見て……この連中がイグニッカを見つけた際に声をかけた連中だと気づいた。
イスハルに頼み、魔力糸を連中の喉と耳に繋いで会話を盗聴したのである。
「にゃるほど……仕組みは知らぬが、連中の会話を盗み聞ぎしておるわけか」
「ふふ、イスハルは何でもできるのさ。ねぇ」
「ジークリンデ、抱き着かないで」
イスハルはなおも魔力糸より伝わる感覚を調整して音声を維持させている。集中が途切れるとよく聞き取れなくなるのだ。
むぅ、と唇を尖らせる彼女を無視しながらイスハルは魔力糸を維持する。魔力糸でつないだ向こう側からの会話はなおも続いていた。
『あの小娘の打った剣は、これまでの鉄とは違い、粘りも強さもけた違いと褒められたそうな。
これがただ卓越しただけの鍛冶の技であれば利用はできまい。だが……ロックフォート大棟梁が編み出した秘奥であれば知りたいと雲の上のお方は仰せだ。
何せ昨今は不作続きで、農作物を迅速に大量に送るには列車が必要で、そしてそれには鉄道がいる。優れた製鉄の秘奥は喉から手が出るほど欲しい』
『ですが、それならギュネー監察官にお任せになられては? ロックフォート大棟梁の家は取りつぶし。なら何か手掛かりがあるのでは』
『死んだ』
は? と、盗聴の向こう側の声と、イスハルたちの唖然とした声が重なった。
『それは……どうしてですか?』
『表向きは……ギュネー監察官は、ドワーフの坑道視察途中で、突然の坑道崩落に巻き込まれて死んだというそうだ』
「ばかな、ありえんじゃろう!」
イグニッカの声はイスハル達全員の内心の代弁であった。誰よりも山に詳しく、熟練の鍛冶師であり熟練の鉱山夫でもあるドワーフが崩落事故を起こして死者を出すなど、目と鼻の先の的を外すエルフと同じぐらいにありえない話だ。
だが、それが害意をもって行われたのであれば話は別だ。事故に見せかけて殺害したとしか思えない。
「どうなっておる……」
「これはいささか予想外の展開ですわね」
話を聞いたイスハル達はアンベルバード王国がロックフォート領の権益を侵害するためになんらかの策謀を張り巡らせており、ドワーフたちはあくまで被害者なのだと思っていた。
だが、彼らが何かの目的のためなら暗殺さえ厭わないのであれば、きな臭さはいや増す一方であった。
『……よいか、気を付けろ。こんな暴力的で直接的な、警戒を持たせるやり方さえ厭わないのだ。
ドワーフたちは何かを隠しているぞ。殺人さえ躊躇せぬ何か重大なことをな』
盗聴先の男が配下の人間たちに強い口調で言う。
それはまるで、盗み聞きしているイスハル達に対する警告でもあるかのように聞こえたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
お知らせするのは今後の展開に関してです。
作者はプロットを考えてお話を書くタイプではなく、どちらかというと作者自身が自分でお話を楽しみながら書くタイプなんですが。
ぶっちゃけ今後の展開を考えるとどうもよくないと判断しました。
そう。なんか死んでる奴いますが、奴はプロットの大幅変更の犠牲になったのです。
次の話以降は展開が早くなると思います。もちろん物語上の矛盾点を遺す気はありませんが、お付き合いいただければ幸いです。
あと一人巨乳になるかもしれないのでそういうものだと思ってください。(一番重要なお知らせ)




