13:不審死と不審者
「依頼はダーリンのための大剣……切れ味よりも粘り、頑丈さを優先……折れず曲がらぬ金剛不壊こそ目指すべし」
イグニッカは高熱で燃え上がっている大剣の元となる鉄塊を鎖でつるして動かし、大きな丸太の金床に乗せ、一心不乱のままハンマーを振り上げ大剣を打つ。
一撃、一撃ごとに火花が散る。手をかけてやればやるほどに優れたものになるのはどんなものでも変わらない。
熱気にあぶられ額を伝うあせも忘れ、鉄塊を打ち広げていく。昼のさなかから始めたが、一日仕事になるのは間違いない。
やっぱり何かに没頭するのは良い。
炎の色に魅了されたかのように、イグニッカは大剣を打ち鍛えた。
冷却用の冷水に浸すと瞬時に沸騰して蒸気が立ち上る。じゅわぁ~と冷気と熱気が激突する泡のような音の中から大剣を引き上げた。
「うむ。よし」
良い出来である。
ダーリンことヨハンネスの体格と腕力に応えられる逸品であると自負する。
ふぅ……と、長い息を吐いてイグニッカは――大きく嘆息をこぼした。
これで。
義理は果たせた。これだけの業物なら少しは恩を返せたと思う。本体である刀身は完成したから、あとは柄や鞘だが……これはこの鍛冶場の主人でも十分に成せる仕事だろう。
イグニッカは――最初からヨハンネスとデートをする気はなかった。
……腹の奥底でごうごうと燃え続ける怒りの炎がある。
国外退去命令を守ったことにより、イグニッカは自分の首に吊り下げられていた看板をようやく外すことができた。今なら国外退去を命じられたドワーフではなく不法侵入者とし再度踏み込むことができよう。
もちろん自分が再度国内にふみこみ、司法の手に囚われれば……今度は国外退去ではなく死刑になるだろう。
イグニッカは身を旅装に包みなおすと荒ぶる憎悪を鎮めるように大きく呼吸を繰り返した。
父マイヤーの死には不審な点がある。
ドワーフは明確な君主を持たず数名の将軍と鍛冶に関わるマスターたち、そして彼らのまとめ役であるロックフォート大棟梁によって統治がなされている。特に病もなく、健康そのものであった父だが、他のドワーフたちと会談をしたあとには蒼ざめた姿を何度も見かけた。
何があったのかと尋ねるイグニッカには何も答えず、大丈夫だというばかり。
そうしていると……父マイヤーはある日突然、妻に里帰りを命じたのだ。
父は自分の身に何か異変が起こると思っていたのではないか? 彼はイグニッカにも義母とともに里帰りに同行するように命じたが、不穏の気配を感じていたイグニッカはそれに強硬に反発した。
義母も、それを後押ししてくれた。父マイヤーの様子に何か感じるものがあったのだろう。
今にして思えば、義父は自分の身の安全を図ろうとしたとわかる。
だが、なぜ打ち明けてくれなかったと恨む気持ちもわずかにあった。
それに何よりイグニッカが、父マイヤー=ロックフォート大棟梁の死に際し……アンベルバード王国から派遣された監察官を名乗る男に……こう言われたのだ。
『君が鉄芯蘭勲章を得たあの名剣……あの製法を教えてくださるならば、見逃して差し上げますよ』
イグニッカは、自分の預かり知らぬところで何かの陰謀に巻き込まれたのだと確信した。
「逃亡して少しは気が変わったか? イグニッカ=ロックフォー……」
鍛治場に入り込んでくる男たちの気配をこそ、イグニッカは待ちわびていた。
彼女は監察官との裏取引を拒んだ。相手が信用できなかった……というのもある。父を陥れた相手への憎悪もある。
それと同時に冷酷な陰謀を張り巡らせて父を謀殺した相手に、『鉄芯蘭勲章を受章した名剣の材料は自分の髪、自分の五体』などと馬鹿正直に伝えれば五体を八つ裂きにされかねない。父の仇など信じるに値しなかった。
イスハル達の依頼であるヨハンネスことダーリンの大剣を作るのは本当だ。そしてイグニッカが剣を打つと聞けば、監察官とかかわる人間が釣れると踏んでいたのだ。
だから……足音を忍ばせて鍛冶場に侵入してきた相手に対して、待っていたぞと覚悟を決めてイグニッカは即座に反撃に出る。
近くにあったスコップを手に持つと、投げ槍のような要領で先端を相手の腹めがけてぶん投げる。
まさかこうも迅速な反撃を受けると思っていたなかったのだろう。簡素な騎士服に身を包んだ男は腹に突き刺さる勢いで飛来したスコップの衝撃で膝をつき悶絶する。
「きさまぁ!」
イグニッカは鍛冶場に入り込んで彼女を半包囲しようと広がる連中に冷ややかな一瞥を向けた。この手の連中というのはどうして反撃を受けると激怒するのだろうか――そのまま彼女は鉄鍋の取っ手を手に取り、思いっきり横薙ぎに振り回した。
「う、うわあぁぁっ!!」
ただし鍋は鍋でも小型の溶鉄鍋だ。そのまま溶けた鉄が相手へととびかかれば泡を食って逃げ出すのも無理はない。
頑丈な衣服で身を守ろうとも穴をあけるソレ。幸いケガはないようだが……イグニッカにはそれで充分。剣を打つために作ったハンマーであろうと十分に武器として使える。ドワーフを名乗るにふさわしい膂力で相手の五体を吹き飛ばしていく。
そうして入ってきた連中の大半を叩き潰すと、彼女は指揮官格の相手の腹を踏みながら――拾い上げたスコップの先端を相手の喉笛にあてがう。
もとが武器ではない道具であろうと、先端は平らで鉄製だ。渾身の力で突き出せば喉笛をつぶして殺害することも不可能ではない。
生殺与奪を握られた男は青白い顔をしながら叫ぶ。
「きさま……こ、こんなことをして……」
つん、つんとスコップの先端で相手の喉笛をつけば、鉄の冷ややかな感触を思い出して相手は押し黙る。
「わしが作った名剣の製法を欲したのは何者じゃ」
「……ギュネー監察官だ! アンベルバード王国の貴族でドワーフとの交渉、折衝を担当している!」
「父マイヤー=ロックフォートに何をしおった」
意識せぬまま怒りが唇からあふれそうになる。イグニッカは相手を踏みつけながら質問を続け……踏みつけた相手の顔が嗜虐に歪んだのを感じた。
振り向けば、激痛から回復した相手が近くのハンマーの予備を振り上げ殴打しようとしており。
その一撃を――まるで風のような勢いで割り込んだヨハンネスの手甲が受け止める。
「ダーリン!」
ヨハンネスは相変わらず無言のまま、イグニッカを背に庇った。




