5:法の報復
グレゴール王は、後継者問題に関してはそれほど問題視していなかった。
ヴァカデス王子は10分の1刑を執行され、正気を失った目でぶつぶつと呟き続けている。
しかし彼にはもう一人、親戚筋から養子としてもらいうけた頭脳明晰な義理の娘、宮廷魔術師のジークリンデがいた。玉座には適当な子を着け、英明な彼女を宰相として登用すれば問題はないだろう。
馬車を降り王宮へと戻る。
歩きながら侍従が一人近づいてきた。至急耳に入れねばならぬことがあるのだろう。真紅の絨毯を進みながら報告に耳を傾ける。
「陛下、お帰りなさいませ。実は人形管理局より、自動人形の駆動におかしな点が見受けられるそうです」
「どのような問題が発生したと?」
「魔術師の命を受け、自動人形どもは変わらず可動しているのですが……近くに道具をおいても修理を始めぬのです」
人形管理局といっても、実際に彼らが行うのは魔術を用いて自動人形に命令を与えることだけ。
実際の修理などは自動人形が自分で自分を分解して行う。
……そういえばサンドールは、「せめて修理は他のものに任せるようにしてほしい」と懇願していたことを思い出す。
馬鹿な事を申すな、と主人の権限で黙らせ、雷撃で懲罰を加えたが。
秘密とは知るものが少なければ少ないほどいい。もし修理マニュアルでも作ろうものならば、そこから内部構造を把握されたり、修理工を誘拐されて情報が漏れる恐れがあるではないか。
サンドールめにはきちんと仕事をさせねばならない。
王は彼の部屋に行く。
外から鍵がかかる作りの工房ではあるが、内部はほかの奴隷によって丁寧に掃き清められている。内装も王侯貴族並みに豪勢だ。出される食事も王に準ずるものをそろえているし、サンドールやイスハルが望めば貴重な書物も大金を投じて買い揃えている。
何が不満なのだろう。
ここには、自由以外のすべてが揃っているのに。
「サンドール! サンドール! おぬし、何を手抜きしておる!」
大股で室内に踏み入るグレゴール王は……彼のための椅子と、その横に宮廷魔術師でありヴァカデス王子の代わりに後継者と見込んでいたジークリンデがひっそりと佇んでいることに気付いた。
長い銀色の髪に、透き通った美貌。生唾を飲むような艶美な曲線を魔術師の装束に包んでいる。自分があと十年若ければ手を出さずにいられなかっただろう。彼女は王に対して恭しく一礼した。
だが、王の叱責を受けた当人であるサンドールは、その皺の浮いた体を微動だにさせていない。
奴隷の分際で王の命令に答えぬとは。彼は怒りでサンドールの襟首を掴み挙げようとして――。
彼の首が、ころん、とボールのように転がるさまを見た。
「は?」
意味が分からずサンドールの体に目を向ければ、首の切断面は、明らかに人間のものではなかった。
中身は脊椎の代わりに棒、ばね、滑車が詰め込まれており、今では動きを止めている。
人間ではない、自動人形――それも、人間と外見が瓜二つなまでに精巧に作られた代物だった。
「なんだこれは……ほ、本物のサンドールめはどこに行ったぁ!?」
「本物のサンドール師は、数ヶ月前にご逝去なさったよ」
「なんだ、ジークリンデ! なぜ!」
なぜ教えなかった! という怒号を受け、美しい魔術師は王をねめつけた。
ずっと長い間腹の中で飼いならしていた殺意を、ようやく解放する機会を得たような眼差しだ。その眼光に王も思わず後ずさる。
「サンドール師は、自分が陛下の奴隷にされたことは、自分の愚かさゆえの事だと諦めていた。
だが、自分と共に奴隷になったイスハルの事を自由にしてやりたいと常々思っていたんだ。そうでなくても……この王国中の自動人形を制御、統括することは『糸』の才能を持つサンドール師とイスハルの二人にとっても重責だ」
「奴らは成し遂げていたぞ」
「……陛下は覚えていないんでしょう。『出来ねばあの女奴隷と同じになるぞ?』と仰った」
「? ……言ったかもしれぬ。それがなんだ」
ジークリンデは大きく溜息を吐いた。
「生殺与奪を他人に握られた奴隷へのあなたのそんな言葉は、もう暴力だ」
「……奴隷に暴力を振るう程度の事で咎められる筋合いはない」
相手に理があると認めれば、王は鼻を鳴らして開き直る。
ジークリンデの視線はいっそう冷ややかになるが、彼はそれを無視した。
「そう。そうやって主人の顔色を伺いながら生きていく人生にイスハルもサンドール師も耐えられなかった。自由が欲しかったから……サンドール師は一つの賭けに出た」
「賭けだと?」
「あなたの暗愚の息子が、イスハルの所有者である権利を愚かにも手放す可能性だよ」
王は目を見開いた。
「ヴァカデス王子は金遣いが荒い。戦に出れば失敗もしよう。その際に――そう。イスハルが捕虜になり。王子が僅かな金を惜しんで身代金の支払いを拒む。
だが陛下はそれを聞いてすぐには取り戻す行動に出なかったはずだ。なぁに案ずることはない……サンドールめはまだ手中にある。彼を用いれば魔力繊維は作れるし、自動人形の制御は可能。
また新しく奴隷を買って奴に養育させればよい。……概ね陛下はそんな風にお考えだったのでしょう。もしサンドール師が死去していたとご存じなら、陛下は大金を積むか、あるいは密偵を放って誘拐して取り戻すぐらいはしたでしょうから。
……だから、サンドール師は自分の死を隠すように命じた。僅かな可能性に賭けて、ね」
己の考えをいい当てられ、王は息を呑む。
「ま……待て! だが可笑しかろう、それならばこの数ヶ月はどうしてなんら不備がなかったのだ!」
まるで自分がイスハルの出迎えから戻って来るのを待っていたかのように、自動人形の不具合が見つかったという。
だが、二人の会話を遮断するように外から慌てた様子で魔術師の男がやってきた。装束を見るに人形管理局のものだろう。
「へ、陛下! 大変です! 人形の中に組み込まれた魔力繊維が……次々と消滅していきます!! これでは人形ががらくたに、使い物にならなくなります!」
「な……馬鹿な! なぜ!!」
「それはそうですよ……陛下」
どうしてそのような簡単な事に気付かないのか、と呆れたようにジークリンデは言う。
自動人形は無償の労働力にして最強の軍事力、国家の要が崩れ去ったにも等しい凶報を前にまるで他人事のジークリンデに王は怒りのあまり怒鳴りつけた。
「なにをのほほんとしておる、きさまぁ!!」
「あはは。だって自動人形の中枢、魔力繊維はサンドール師の……ひいてはその遺産を継承する立場のイスハルのものなんですから。
そのイスハルの所有権を放棄したから、魔力繊維が分解され、所有者であるイスハルの元に戻るんです。おかしな事なんて何もない。主人であろうと奴隷の私的財産に手をつける事は許されない。その契約が正しく実行されただけ」
「わ……わしのものだぞ!」
そんな馬鹿な、と唖然と叫ぶ王に対してジークリンデは続ける。
「陛下。法に定められている通り主人は奴隷に対して給料を支払わねばならない」
「なにを……それがどうした!」
「陛下は奴隷のイスハルに魔力繊維を作らせた。それに対して買取のお金を支払っていれば所有権は陛下に移っていた。
だがあなたはイスハルに僅かな給料さえ支払わずに酷使し続けていたから魔力繊維の所有権はイスハルのもののままだった。
そしてヴァカデスが、彼の所有権を放棄したせいで、魔力繊維は契約どおり所有者であるイスハルの元に戻っていくんです」
この事態を招いたのは確かにヴァカデス王子が勝手に身代金支払いを誤魔化したため。
だが最悪の事態を引き起こしたのは、王が、奴隷に対して正当な賃金を支払わずにいたせいだと指摘を受け、顔が青ざめていく。
国家の支柱である自動人形が使いものにならなくなる――その恐怖から膝から崩れ落ちた。
「ああ、それとあなたの疑問に対する回答だけど。……自動人形が、サンドール師が死去していたにも関わらず、問題がなかったのは簡単。
彼は『糸』を使い。この国にいる数百体の自動人形を遠隔で、戦地から、操作してたんだ」
「なぜだ……」
王は絶望と落胆の中にいたが……一つだけ腑に落ちないことがあった。
宮廷魔術師ジークリンデ。王の外戚の子であり、頭脳明晰。いずれは宰相としてヴァカデス王子を支える地位につけるつもりだった。
この国が崩壊する事は、自ら権力を手放すことを意味する。
「イスハルをこの国の奴隷にしておけば、お前はいずれ宰相となったろう! ヴァカデスめを傀儡にして国政を我が物にすることも容易かったはず! どうしてなのだ!?」
王にとっては地位と権力を我が物にできる機会を棒に振ったジークリンデが理解できない。
彼女は室内を見回した。美しく煌びやかな建物。鈴を鳴らせば専属の執事がすぐに食事を持ってきてくれる。天国といってもいいめぐまれた環境。
だが。
鍵は外からかけられるようになっている。
ここは、この世でもっとも煌びやかな牢獄だ。
「あなたには。わたしやイスハル、サンドール師の気持ちなど永遠に理解できないだろうね」
王は籠の中の道具であり続けることが人の幸せだと決め付けた。
だがこの世には危険や貧困、生命の危機と引き換えにしてでも……自由を欲する人がいる。
ジークリンデは目を細めた。唇から呪詛めいた声をこぼし、王を睨む。
「陛下、わたしが親元から引き離された後、あなたと一つ約束をした。……宮廷魔術師として大成したあかつきには、イスハルをわたしのものにすると。あなたもそれを了承した」
王は目を白黒させながら頷いた。そんな気もする。
「両親が恋しくて、寂しくて泣いていたわたしを慰めてくれたイスハルを……自分だけのものにするはずだった――のに!
こんな国なんかいるか! 彼を自由の身にするためだけにこの国にいたのに!!」
「げふぅ!?」
ジークリンデの足が翻り、王の顔面を蹴り飛ばす。
それでも怒りが覚めやらぬのか、彼女の爪先が執拗に王の腹へと何度も叩き込まれた。
自分のかけがえのない大事な宝物を、他人が自分のものにしている。はらわたが捻れるような激しい嫉妬と暴力をぶつけるように、彼女の蹴り足が王に食い込んだ。
「イスハルはわたしのだ! わたしのだったのに……!! お前の馬鹿息子の面倒なんか見るかよ!
死ね、ばーか!!」
……積年の恨みを晴らす執拗な暴行の後で、彼女は肩で息をする。
ジークリンデは苦痛に喘ぐグレゴール王を見下ろしながら、窓の外から町を見た。
あちこちで、蜂起の火の手が上がっている。自動人形という労働力と軍事力を備えた機械はすでに動かない。重税を課せられ、長年苦しんでいた民衆が、自分達を押さえつける暴力が消え去ったことで、とうとう爆発したのだ。
「陛下、あなたは殺さない」
「ぐ、ぐぅ……」
苦痛に呻く王に対してジークリンデは優しげですらある口調だった。
「魔力も持たず知性も乏しいと見下げていた民衆によってこの国はゆっくり沈没していくだろう。
この国が保たれていたのは、あなたや貴族たちの力ではない。
たった一人の奴隷によって維持されていたこの国は、自ら大黒柱だったイスハルを捨てたことで自滅する」
ゆっくりと。相手の矜持をむしりとるように囁いた。
「この国で、本当に重要だったのは王でも貴族でもない。イスハルだった。
あなたは息子のヴァカデスと共に、寄生虫同士、仲よく城のてっぺんから見物するといい」
「こ……の……余が、き、きせ……?!」
王は激烈な憎悪を向けるものの、ジークリンデは嗤った。
その屈辱と無念が快感だと、嗤った。




