9:見られてはいけない……のに!
いつもありがとうございます。
明日一月15日は更新をお休みします。……いや。テンション上がってたら更新できるかもしれませんがたぶんお休みします。更新してたらラッキー程度に思っていただければ・
暖炉に薪を放り込み、火種をつける。
しばらくすれば薪を燃料に燃え上がる炎が、室内の空気を温めてくれるだろう。
室内の中央にも天井から鉄鍋を釣るための鉄鉤がありそこに小屋備え付けの鍋をひっかけて適当に具材を放り込んだ。旅の中では暖かい食材というだけでも十分に贅沢だ。
さて。
目を覚ました幼女は燃えるような赤い髪と金の瞳孔を持つ艶やかな娘であった。
両目はくりくりとよく動き、はむはむと咀嚼する様は男所帯で育った乱雑さを備えている。疲弊しきった肉体を回復させようと彼女の細胞が全力で動いているようだ。
最初は煮立てたスープでも進めたが、まるで平気な顔して肉をがつがつと咀嚼する様は何とも逞しい。
「ごちそうさまでした。此度は本当に感謝する。
……わしの名前はイグニッカ=ロック……ああいや、イグニッカ、ただのイグニッカということにしてくりゃれ」
「俺はイスハル、そっちはレオノーラにジークリンデ。そっちは行商の」
イスハルの言葉に合わせて一同がそれぞれ頷く。ふんふんほうほう……と得心言ったといわんばかりに頷く彼女だったが、その目が甲冑姿の巨漢、ヨハンネスに向いた。目が、ときめいている。
「ではそちらの鎧姿のイケメンのお名前は何と申すのじゃ!」
「よ、ヨハンネスです……あ、喋れないんでそこは勘弁ね……」
「むっはぁ! なんという勇ましきお名前! さすがわしを救ってくれた方じゃ、きっと心にふさわしいイケメンに違いなかろう! そうじゃろ! そうじゃろ!」
イグニッカ、そう名乗った幼女はヨハンネスの鋼のボディにむしゃぶりついたかと思うとぐりぐりと頬ずりを始めて心の底から嬉しそうな笑顔を見せてくれていた。命の危機にあったところを助けられ、一番最初に見た相手なのだ。気持ちが高鳴るのも無理はないだろう。
ああ、愛しているのだなと横から見ていてもわかる。イスハルはどうするべきか迷ったものの、ヨハンネスを操作して彼女の肩にそっと触れ、もう片方の手で背中に纏っていた偽装用のマントを防寒代わりに被せる。
「ぬうう、気遣いも完璧じゃ……わしを幼女と侮らず紳士的にふるまってくださる……好き……♡」
きゅんきゅんとときめいている様子を心底困った目で見つめていると、二人が『糸伝令』を介してイスハルに話しかけてきた。
(……ちょっとイスハル。どうなさいますのよ)
(それは俺が心の底から知りたい……)
(……彼女、イグニッカだっけ。ものすごくしまりのない顔をしてる。まるでレオノーラみたいだ)
(なんですってぇ!)
無言で会話を続けるレオノーラとジークリンデ。いきなりしっぽをおいかりで膨らませるレオノーラに行商の男性がビビッていたりしたが、今はさておく。
だが、困ったのは本当のことだ。
なぜなら、ヨハンネスは自動人形。イスハルが遠隔で操作する彼の中身は骨格と人工筋肉で形成されている。
幼女イグニッカが愛するヨハンネスという男などこの世には存在しないのだ。
ただ、迂闊に真実を話すのも迷うところである。自動人形の存在はハルティアより遠く離れたこの地ではあまりに異質だからだ。
「さてと……まずはわしを助けてくれたこと感謝するのじゃ、ありがとう。この御恩命に代えても報恩する……といいたいところではあるが。
餓鬼のように飯をむさぼり食らっておいていまさらなんじゃが……貴殿らはわしに関わらず、離れることを強く進言するぞ」
イグニッカの眼差しに真剣さが混じる。首元にかけられた看板を見れば事情は一目瞭然だ。
イスハル達は先ほどのイグニッカの言葉を思い出す。『ロック』と名乗りかけてそれをやめたのだ。
先代のロックフォート大棟梁ゆかりのドワーフだと想像に難くない。追放刑をうけ家財を没収された彼女は事態の深入りをやめさせようとしているのが分かった。
イスハルはレオノーラを見る。
(レオノーラ、どんなにおいなんだ?)
(炎と鉄臭さ、それと……わたくしたちのことを心配する不安のにおいになりますわね。少なくとも……嘘つき、裏切りのにおいはしませんわよ)
「……ねぇ、みんな。言いたいことは分かったけど……これからのことは明日に回さないかい? そろそろ眠いんだけど」
「む、むぅ……まぁ、それは……」
ジークリンデの言葉にイグニッカはうなずく。
疲労疲弊しているのは当の彼女で間違いない。食事で栄養を摂取して、体は休息を欲していた。
それに食事を与えられ、休息の機会をもらい……こうも親切にしてくれた相手に対して事情を説明せずにただ『見捨てろ』ということもまた……それはそれで不義理に思えたのだ。
一から十まで事情を話してもいい。しかしそれをするにはあまりに体が疲労で重い。
もともと山小屋で一夜を過ごすつもりだった一同はそのまま寝袋を広げ、一番疲弊しているイグニッカに寝台を勧める。
「……何から何まで、すまぬ」
「いいさ。お休みなさい」
「うむ。ダーリンもお休みなのじゃ」
ダーリンだと?! と夜の警戒のため外に出ようとしたヨハンネスに向けられる言葉に一同が驚愕の声をあげる。
だがイグニッカは周りの様子も特に気にせず髪をほどいてそのまま枕に頭を預けると……ほとんど、一瞬で眠りの底に落ちていった。
疲れていたのだろう。イスハルは目を覚ました時に喉が渇くだろうと水差しを彼女の枕元に置き。そのまま護衛対象だった行商も加えて穏やかに眠りについたのだった。
「……は、腹が減ったのぅ」
……イグニッカが目を覚ますといまだ夜。体に染みついた疲労はまだ残っているが、体がまだエネルギーを欲しているのがわかる。
「は、おお……情けが染みるわい」
イグニッカは枕元の水差しに気づくと、涙の衝動を感じた。ロックフォート領を出て冷たくあしらわれるのが常だったから、誰かの気遣いが涙が出るほどにうれしかった。首元にぶらさげた看板さえ無視して助けてくれた相手にどう報いればいいのか。
いや、礼をするにも体力を取り戻さないと。今は休むべき。明日になってからすべて考えようと切り替えることにする。
イグニッカは起き上がって……暖炉に近づいた。
火は落とされているものの、未だ熱を帯びた炭がちりちりとほのかな光を発している。
イグニッカは近くにあった火かき棒を掴んで炭を突き刺し……未だに煌々と赤く燃え続けるそれを持ち上げて。
……やけど必至の燃える炭を。
焼き鳥の櫛から肉を噛みしめて引き抜くように……燃える炭を噛んで、ごくん、と飲み干してしまった。
「うむ。美味い。普通の飯も悪くはないんじゃが」
驚くべきは、人体に有害そのものであるはずの炎を食んだにも関わらず、まるで滋味が五臓六腑に染み渡るかのような満足げな笑顔を浮かべていることであり。
もう一口……と一切れつまみ食いでもするように火かき棒を炭に突き刺そうとして。
「……これは本当に知らなかった。ドワーフって炭を食えるんだね」
「ぎゃひぃ?!」
見られてはいけないものを見られた驚愕でイグニッカは飛び上がって。
寝袋の中から興味深そうな目を向けるイスハルと……視線が合ってしまった。




