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7:よくない噂



 ドワーフ。

 火と鉄の申し子。

 火山、鉱山のふもとを住処とする鋳造、製鉄の達人。

 アンベルバード王国でも国王でさえ敬意をもって遇する自治領の主は『岩石要塞の(ロックフォート)大棟梁』と呼ばれる。

 

 信仰対象は山そのものをあがめる。

 彼らからすればなりわいである鉄を産出し、時に雪解け水を流す川の源泉でもある山は生活すべてにかかわる大切なものだ。

 そんなドワーフたちであるが……彼らが一番もっとも崇め奉るのは大陸南方に位置する巨大な……『終焉山』と呼ばれる霊山だ。

 名の由来は諸説あるが、大陸の一番南に位置するから、最南端、最後の山であるという説が一番強い。

 終焉山の山頂付近は大陸のドワーフにとっては最も尊い禁足地であり、山腹の上には神殿も建てられているという。

 ただ、信仰の対象だけあってこれらを開発することはドワーフたちの教義に反する。

 未だにロックフォート領への直通列車ができないのもこれが理由である。

 列車は大地の魔力の流れ、霊脈をなぞるようにして線路を引き、地の魔力でもって稼働する。そして『終焉山』はこの霊脈の通り道に位置した。

 ロックフォート領に近付くにつれ、遠ざかっていく線路にイスハルが名残惜しげな視線を向けながら旅を続けることになった……。



 


 新しい土地。新しい場所。

 どこに行ってもいい。どこで何をしてもいい。

 もしかするとよくないものを引き寄せたり、悪党に目をつけられたりするかもしれない。それでも閉じ込められるよりはいい。

 自由であるがゆえに決断には責任が付きまとう。自由の代償に危機危難を招くかもしれないが――それは誰も同じことだ。


 イスハルたち三人と……人間ということで冒険者登録を済ませているヨハンネスは、南方のロックフォート自治領へと赴く行商の馬車に同行する機会を得た。


「いやぁ、運がよかった。名高い『大剣潰し』のヨハンネス殿を護衛として雇い入れることができるとは」

「わたしたちとしてもロックフォート領に赴く行商の方に相乗りできたからね。渡りに船だよ」


 こういう場合、相手との交渉や折衝にはレオノーラが矢面に立つところだが、今回レオノーラは周辺警戒にあたり、ジークリンデが応対している。

 馬車の周りには、レオノーラと同じくまるで周囲に圧でもかけるようにヨハンネスが大剣を背負って周囲を睥睨していた。

 見るからに厳めしい甲冑と大剣が放つ威圧感は本物であり、悪心を持つ輩などしっぽを巻いて逃げ出すだろう。

 もし誰かが近づこうとしても、馬車の後ろから周囲を監視しているイスハルが張り巡らせていた『地蜘蛛陣』が敵を察知する。


 周りの監視は万全だ。そんなわけで一番手すきとなったジークリンデが御者席の雇い主に話しかけた。


「ところで旦那さん、一つ気になるんだけど……どうしてロックフォート領に向かう商人が少なかったんだい?」


 最初、イスハル一行らは数日もしないうちにロックフォート領行きの護衛の仕事があると思っていた。

 何せドワーフは名鍛冶屋職人ぞろいでもあるし、鉄鉱石の産出地でもある。人の行き来が多いのは間違いない。そのうちに依頼が来るだろう……とたかをくくっていた。


 しかし、ギルドの職員も首をかしげていたがここ二週間ほどはまったく依頼がなく。イスハルたちはしばらくイスハークで逗留を余儀なくされたのだ。

 雇い主である商人は、ジークリンデの問いかけに言いにくそうに顔を顰めると、ぼつぼつと話し始める。


「それは……そのねぇ。実はロックフォート領の大棟梁で一つ問題が起こってるんです」

「問題?」

「ええ。……先代のロックフォート大棟梁って、他の人が考えるように何らかの権力や権益を持っているというわけじゃありませんよ。

 むしろ鍛冶の腕に自信がある我の強い鍛冶連中をまとめ上げるような仕事でしたから、大変なもんです。

 で……先日、そのロックフォート大棟梁が身まかりました」

「それは……大変だね」


 行商の言葉にジークリンデが呟く。行商も、ええ、と頷いた。


「問題は、ロックフォート大棟梁はひとつ、特殊な鉄をもっていなさったんです。量こそ多くはありませんが、普通の鉄鉱石に混ぜ合わせると強い靭性を与え、しなやかで強靭な剣を打つことができました。

 で。……ロックフォート大棟梁の秘伝の特別な鉄の製法を知ろうと……アンベルバード王国から派遣されている人間の行政官が――大棟梁のご一族から製法を教えろと命令したんですが……大棟梁の一族用に作られた炉を奪い、さらには財産まで徴収したあと、追放したんですよ」

「……それは、あくどいな」


 ええ、と行商は眉をしかめて頷く。

 

「そのご家族も行方不明で。ロックフォート領は今や人間種に対して不信感を持っているんです。

 私はそのことを知り合いのドワーフから手紙で受け取りましてね。他の商人も多少はドワーフと付き合いがありますから……今のロックフォート領はドワーフ以外の人間種に対して敵愾心を持ってる状態なんだそうです」

「それで……ロックフォート領に行く商人の数が少なかったのか」


 ジークリンデは一連の話を聞き終えると難しそうな顔を浮かべ……『糸伝令』で繋がった二人と密やかに会話する。


(……二人とも。聞いてたかい?)

(ああ。ちょっと……よくない展開だ。

 俺たちは三名中二人が人間だし、ドワーフの方がみな警戒しているとなると、仕事を依頼するのは難しいかもしれないな)


 イスハルが即座に答える。

 ヨハンネスの剣が折れて新しいものを購入しなおさねばならない。だが、先の事情でドワーフが人間全体に対して不信感を持っているとなると、人間というだけで門前払いを食わされる可能性がある。まったく単純に間の悪い話であった。

 だが、イスハル達冒険者にも義務はある。

 ここで『目的のドワーフ製大剣を購入するのが難しそうなので、今回の護衛任務を降ります』……などとたわごとを言うわけにはいかない。

 ロックフォート領に到達したら、その足で別の都市に向かう行商の護衛任務につく必要があるかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 早速行き先に暗雲の気配がー こんな短絡的で愚かなことをするとは、おのれヴァカデス! 奴の仕業に違いない!(言いがかり
[一言] ばかな行政官だよね(汗) 下手したら街からドワーフが居なくなるか、人間が追い出されるよねぇ……
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