4:怪我『だけ』はさせていないよ?
思わず。
イスハル達一行は食事の手を止めてお互いに顔を見合わせる。
あの日ヴァカデスの愚行から命を守るため高機動剣豪機に力を振るわせたことに後悔はない。
しかし間近で自分達の話をされて冷静でいられるほどでもなかった。
「光の剣?」
「なんでも天使が振るう武器……だそうだ」
「お前まさか本気で信じてんの?」
そうだ、そんな与太話なんか信じるんじゃない。イスハルの心など無視してドワーフの若者は声を上げる。
「いや、ハルティア獣氏族との闘いでバカ王子が傭兵に弓を射かけたけれど、それをめちゃくちゃ長い光の剣で薙ぎ払ったそうなんだ」
「と、言ってもなぁ」
「ま、そういうと思って……こいつを見てくれ」
そう言いながらドワーフの若者が取り出したものは小さな鏃が一つ。
対面の男性はなんなんだと思いなが見直してみると異様な形状に思わず息をのんだ。
鉄製の鏃がぐにゃりと歪んでいる。常温ではこうはいかない。よほどの高熱で熱され歪んだ後、冷えて固まりこういう形になったのだろう。
そしてもう一つ取り出したものは弓だ。
異様なのは切り口。すっぱりとした切り口は鋭利な刃物で断ち切ったかのようなのに、切断面は完全に炭化していた。
よほどの超高熱を一点に収束させねばこうはならないだろう。
「……な? な? すげぇと思うだろ?」
「……お前、だまされたんじゃねぇのか?」
「は?! どうしてそういうこというんだ!」
「どうしてってなぁ。火炎系統の魔術なら腕が良けりゃこれぐらいはできるんじゃねぇのか?」
疑いの言葉にドワーフの青年は途端弱気になる。
実のところをいうと、ドワーフの青年と会話していた男はある意味で無知だった。
確かに一流の火炎魔術の使い手であれば木々を炭化させることは可能だ。しかしそれほどの超高熱を一点に収束させることは極めて難しい。そして木材を炭化させるような一流の火炎魔術の使い手がいるなら、そのまま焼き殺せばいいだけで、わざわざ収束させた炎を剣のようにして切断するなど無駄の極みでしかない。
「で、でもよぉ。ちょっと聞きこんでみたらあちこちの傭兵どもがみな口を揃えて……」
「おいおい。傭兵の言葉なんぞ信じるのかい。なぁお前さんいくら払った?」
光の剣は存在する。その確かな証拠は目の前にいるのに無知がそれを阻み、傭兵などは金の亡者で常に人を騙すという思い込みが真実を隠した。
もっともイスハル達にとっては都合のいい解釈だったので、わざわざ指摘することはなかったが。
「へ? いや。話のタネになるかと思って、実際面白いだろ?」
「いくら、払ったんだ?」
「じゅ、十万リラほどだけども……」
「詐欺じゃね?」
そんなぁぁぁ、と近くの席から聞こえる話にイスハル達三名はそっと耳をそばだて、彼らの下した結論にほっと安堵した。
確かに疑わしい話だ。バカ王子の愚行を止める光の剣の使い手。そんな与太話を信じられないのは無理もない。
だが、イスハル達三名はそれが本当のことだと知っている。
何せ当事者なのだから。
討伐それ自体は、まるで危なげなく終わった。
冒険者ギルド内では人間の居住区域にまで出没するモンスターが増加しており、どこも猫の手でも借りたいほどに忙しい。
以前ハルティアでも軽く暴走猪を狩っている。
冒険者としては新米とはいえ三名とも実力は確か。問題なく成功を収めた――が。
問題はそこからだったのである。
「はい……討伐依頼の確認をいたしました。ただ……採取されたものは穴だらけでして、これは正直お引き取りができないレベルでして……」
「…………」「…………」
「な、なんだいその目は! わたしは悪くないんだから!」
受付嬢の言葉にイスハルとレオノーラの視線が……しどろもどろな様子のジークリンデに突き刺さった。
分が悪いことを悟ってか、ジークリンデはぷりぷりとお怒りの声をあげているものの……しばらくすると、不服そうな顔で拗ねた目になった。
「あー……うん、ごめんねジークリンデ。今回は適性を見ていなかった」
「そうだ……わ、わたしは別に悪くないぞ」
「そうですわねー……討伐依頼なのですから、モンスターの撃破総数はあなたがトップですわね」
むぐぅ、とジークリンデがうなった。彼女自身も自分が失敗をしたので唇を尖らせる。
最近、モンスターの発生率が多い。
イスハル達一行は狼型のモンスター討伐の仕事を請け負った。家畜や人もお構いなしに襲う危険な怪物であるゆえ、可能な限り狩ってほしい。
報酬は出来高制。根絶やしにするとかではなく、討伐の部位を持ってくることで規定の金額を支払ってくれる。
一行は仕事を始めた。難しいことではない。イスハルの魔力糸による振動検知能力の『地蜘蛛陣』を用いた索敵。それを用いても難しい場合はレオノーラの鼻がモノを言い、あっさりと狼型モンスターの位置を把握できた。
そこまでは、よし。
索敵を二人に任せたジークリンデは、今度は自分の出番だとばかりに焦熱光線を用いて一斉掃射を行ったのだが、そこで経験の浅さから来る失敗をしてしまった。
「規定数のモンスター討伐は文句なしの成功です。ですが……その。毛皮のほうはというと……」
「ううっ……!」
悔しそうに、切なそうにジークリンデが唸る。
ここで宮廷魔術師であり、ひたすら敵を倒す殺法のみを磨き上げた彼女の失敗が浮き彫りになった。
モンスター討伐の主目的である毛皮のほうが、どれもこれも穴だらけで商品価値が欠片ほどもなくなってしまったのだ。
撃破数こそ稼げても、副収入原はかなり減額を余儀なくされた。
逆に打倒したモンスターの皮の剥ぎ方は、その美貌や言葉遣いから貴人の印象を与えるレオノーラが一番手慣れていた。戦闘氏族である<獅子>の姫君の面目躍如である。次にイスハル。経験は浅いがもともと学習力は高く、二度三度で大まかなコツをすでにつかみつつある。
「大丈夫だよ、ジークリンデ。次は上手くやればいい。最初からすべて順風満帆なわけもないよ」
「イスハルゥ……」
優しい言葉に声を詰まらせながらジークリンデはイスハルの胸元にむしゃぶりついてぐずつき始め。大きい子供でもあやすようによしよしとし始めたのだった。
「まぁ……イスハルのいう通り、わたくしたちには改善策が必要だとわかったことだし。それでよしとしましょう。……査定、ありがとうございます。それでは」
「あ、あの。皆様」
レオノーラは結果を教えてくれた受付嬢に丁寧に答えると、そのまま二人と共に立ち去ろうとしたが……呼びかけに足を止めた。
「何かな、受付さん」
「その……前もお伝えしましたが、何か強引な勧誘を受けたことはありませんか?」
「ああ」
イスハルはなんとなしに頷いた。
「確かレオノーラがひとりの時に来たんだっけ?」
「ええ。自由時間に、おいしい料理屋でも開拓しようかと食べ歩きをしてたら殿方が数名ほど」
受付嬢は、やっぱり……と心配そうな顔になる。
最初は美しい女二人と少年がひとり。やはりトラブルに巻き込まれていたのかと思ったがレオノーラとイスハルは軽やかに答えた。
「わたくし、丁重にお断りいたしましたのに執拗だったので」
「他にも色々とよからぬことを企んでいたから…首謀者を捕まえて」
え。と受付嬢は顔を蒼ざめさせる。
相手が先に手を出したとしても、仕掛けたのであれば彼ら三名に非があると警備隊もみなすかもしれない。闇討ち? 闇討ちなの? とおびえる受付嬢にレオノーラが言った。
「顎を外して助けを呼べなくした後で、全身の関節を逆にして彼らのアジトに放り込んでおきましたのよ」
想像よりも遥かにえぐい報復に受付嬢は「人って見かけによらないなぁ」と、遠い目で頷いたのだった。




