4:奇跡の量産者
イスハルは主人レオノーラをなだめた後、とりあえずは天幕に引っ込むことにした。
これからどうするのか、様々な事を話し合わねばならないのだけど……なぜか彼は室内の長いすの上で膝枕をやるはめになっている。
彼女はふん、と息を吐いた。
「……奴が救いがたい大馬鹿だったために、あなたの身柄を得られたのですから。今回はその馬鹿さ加減に感謝しておきましょう」
レオノーラは艶やかな髪ごと頭をイスハルの腹にぐりぐりとこすりつけている。これは『だいすき』のしぐさなので秘かにイスハルは照れていた。
獣氏族の人はこういうスキンシップが多めな気がする。嗅覚が人間より優れているし、しっぽの動きでだいたいの感情表現だってできる。獣人と接してみるとスキンシップは多いが、その代わり会話量の少なさに驚く人間は多い。
レオノーラは獣人としては例外的なまでに口数が多い。人間と接する機会が多い証だ。
しっぽは左右にふりふりしているので彼女の機嫌は悪くないのだろう。
「いつまでこうしていればいいんだろう」
「わたくしの気が済むまで」
まぁ奴隷身分なので拒否権はない。それに王国で酷使されていた頃を思えば、こっちの意志を尊重してくれるし、今後はキチンと給料も支払われる。
ならば給料を積み立て、最終的には自分自身の身柄を買い戻す事もできる。
それを思えば前途は明るいと言ってよかった。
「それにしても。レオノーラ。あなたは先の戦で大功を立てたんだろう?
もっとほかに得られるものが……」
ぐるり、とレオノーラは身を捩ってイスハルを見上げた。ちょうど膝枕みたいな姿勢になる。
「イスハル。あなた何ができますの?」
む。
とイスハルはちょっと困った。確かに今後は奴隷身分として働くわけだが、自分ができる技能ぐらいは教えておいたほうがいいかもしれない。
「まず。『糸伝令』による意志疎通。自動人形の修理、構造に対する知識」
「ええ。存じ上げていますわよ」
「人体構造は知ってますので簡素な外科手術。建築に関する知識とその手順」
「ん?」
「あとは……魔力繊維の構築」
「…………」
「それと……」
レオノーラは無言のまま起き上がった。
……確かに今回の戦では褒賞を手放した。しかし代わりにイスハルという素晴らしい才人を我がものにできたのだからまったく問題はない。彼の技能を並べさせ、『あなたは価値がある。すごいんですのよ』と褒めてあげようとしたら……トンでもない爆弾がでてきた。
「……聞いていませんわよ」
「伝える機会は今初めて得たものだから」
それはそうですわね……とレオノーラは頷いた。
……魔力繊維。王国にしか存在せず、他の国家がその製法を血眼になって探している秘密の繊維。
一見すれば普通の布地だが、魔力を強烈に増幅する力を持ち、身体能力強化や硬化機能を持つ。冒険者や騎士などにとっては戦闘力を劇的に向上させる魔法の生地だ。
自動人形の内部構造にはこれらを束ねた人工筋肉が用いられており、非常に強力な力を発揮する。
それを生産する能力がある? レオノーラはぐずぐずしていられないことを悟った。
「イスハル。それを知っているのは?」
「知っているのは師のサンドール先生。宮廷魔術師のジークリンデ様だけど……ああ、でも」
「でも? なんですのよ」
イスハルは、これは言うべきか迷ったようではあったけど……自分を王族の奴隷から自由にしてくれた恩義もある。それに王国の人間で無ければ害はないだろうと考えた。
「サンドール師は……実は、もう数ヶ月前に逝去しているんだ」
「……な……なぜ?!」
「なぜって……歳を召されていたし、老衰だよ? ……俺は師のご遺言で、死を隠せと言われてたんだ」
レオノーラは頭がくらくらした。
先に言ったとおり、魔力繊維はありとあらゆる面で応用が利く魔法の繊維だ。
その製法を巡り諸国は目に見えない暗闘を続けている。
「ま……魔力繊維を生産できる人は他には?!」
「うん。……サンドール師がご存命の時には、待遇改善と共に同じように作れる人を増やしてほしいって頼んだんだけど、却下されてね。
もう俺しか作れない」
イスハルの言葉にレオノーラは悲鳴を挙げそうになった。
すなわち、諸国が喉から手が出るほど欲しがっている技術は、今や自分の奴隷の頭の中にしかないということ。
魔力繊維の製法は、暴力に訴えてでも欲するものがいるはず。
「……レオノーラ?」
「……ここを引き払いますわよ、イスハル」
「え。なんで?」
イスハルは卓越した技術や才能を持っていたにも関わらず、王国内で籠の鳥として成長したために自分の能力に無自覚だ。
頭の固い獣氏族の長老たちではその重要性を理解はできまい。取引材料とされる恐れもある。
彼の面倒はわたくしが見なくては。レオノーラは母虎が子虎を守るような心境ですっくと立ち上がった。
イスハルの言葉からして、サンドール師の死はよほど巧妙に隠蔽されているのだろう。
今日明日に魔手が伸びることはないはずだ。
だが、自分の身を守る戦力は多いに越したことはない。
「イスハル。ちょっと物資保管所に寄ります」
「どうするんだ?」
幸い、戦力には一つ当てがあった。
「あなたが撤退戦の最中、護衛に置いていた自動人形が一つだけ鹵獲されて。そのままになっていますのよ」




