3:光の剣の噂
新天地ハンディウム大陸。
海洋に面した港町イスハークへと降り立った時に、イスハルは地平線の彼方を目指して爆走する巨大な施設……列車を見てのたまった。
「いいな! あれ欲しい!」
「解放奴隷になる次の目的が驚くほどあっさりと決まりましたわね……」
「まーいいんじゃない? 夢は大きいほうがいいよ」
この三名、大勢の目を引く一団であった。
涼やかな容姿に、子供じみた感動と憧れを胸に叫ぶイスハル。このハンディウム大陸では少数になる獣人の姫君レオノーラ。その横に立つ魔術師装束の銀髪の麗人ジークリンデ。
イスハルと旅路を共にする彼女たち二人も、驚きはしたものの、その夢や望み自体を否定はしなかった。
だが一個人が持つにはあまりに大それた夢を語るイスハルの言葉に、港町で働いている水夫が苦笑して答える。周りはモノを知らぬ言葉を受けて、田舎から来たお上りさんを見る目を向けていた。
「なんだい兄さん。列車が欲しいのかい?」
「ああ。……まぁすごく高い買い物だってのはわかるけど」
「そりゃそうだろうよ。今や大陸を二分する、ここ西南の国家アンベルバード王国と、北東を占めるローダギアの双方が合意して開発した代物さ。
今や大陸のあちこちに走りまわって人とか物とか運んでんのさ。
だけども……わかるだろ? 馬車百台……いや、もっと多くの荷物を、馬車とは比べ物にならない速度で運べるんだぜ?
所有者は常に大貴族やら王族や、国お抱えの御用商人ぐらいだぜ」
「なるほど、難しそうだね」
普通なら……大体の人間はこの無謀な欲求を捨てる。この時代、貴族と平民では努力では埋めがたい絶対的な差が存在しており、その貴族の中でも最高位の王族とそれに比するものでしか得られないのだと言われれば、おのずと身の程を悟り、諦めるだろう。
だが。
その水夫の言葉を受けてもイスハルはまるで気にした様子を見せない。
例えて言うなら、それは険しい山を見て探検家が闘志を掻き立てられるのと同じことだ。 困難であると知れば知るほどに挑み甲斐があると思う人種が世にはいるのだ。
気落ちした様子もなく、微笑んで見せるイスハルを前に、水夫は愚かなと笑おうとしたが……なぜかそれができず。
「となると、お金稼ぎもそうだけど。どうにかしてコネクションも必要になるね」
「ええ。手だてを練りましょうか」
彼とともにいる2人の女性も仲間の無謀を嗤うでもたしなめるでもなく。
一緒に歩き去っていく姿を見て。水夫は、彼らが実はすごいやつなんじゃないかと……密やかな驚嘆を感じるのだった。
冒険者。
「探索」「討伐」「護衛」の3つの仕事を主軸に、人々の生活をかき乱すモンスター退治を行う人々。
イスハル達3人はまずハンディウム大陸にある支部を訪れて登録を行いにおもむいた。
外洋から日々やってくる人々、外洋へと旅立つ人々が集う港町だけあって多種多様な人種のるつぼのようで見ていて新鮮な感動が押し寄せてくる。
「確か……この大陸だとエルフやドワーフがいるんだったか」
「ええ。南方のアンベルバード王国に属し、南方の終焉山を拠点とするロックフォート領の人民ですわね。火と鉄を友とする種族で」
「北方のローダギアは珍しいことにエルフの宰相、ヒクサハクを中心としているんだ。そのせいかハーフエルフもよく見かける」
「……逆に獣人が少ないな」
多種多様な人種の集うこの港町でも、故郷ではよく見た獣人の姿は少ない。イスハルの何気ないつぶやきにレオノーラはしっぽを揺らしながら頷いた。
「ハルティアに住まうわたくしたち獣人も、そこまで多くは海を渡ってませんのよ……ああ、受付が空きましたわ。さっさと済ませましょう」
イスハル達一行の当面の目的は金稼ぎである。
列車がどれだけの金額を必要とするものかは知らないが、莫大な金がいるのは間違いない。
三人は治安の良さげな飯屋をギルドで聞きこむと、まずは新大陸ならではの現地の食事で軽い酒宴を始めた。海辺の特権であるうまい魚を生で出すことが売りなのだろう。取れたての生魚を切り身にした料理を選ぶイスハル。レオノーラもジークリンデも「ええぇ……」という顔で止めたが珍しくイスハルは意見を変えなかった。
給仕の娘だけは「通だねあんた! みんな生なんて怖いって全然注文しないのよ」と朗らかに笑ってくれる。
治安がよく、料理もうまいとなれば人も多い。多少内密の話をしようとも問題はなさそうだ。魚の切り身はサンドール師がよく懐かしがっていたことを思い出す。手を合わせて食事を始める。
レオノーラはどうも海のにおい、潮のにおいが鋭敏な嗅覚に突き刺さって苦手なのか、せっかくの海岸部で新鮮な魚が手に入るのに、血のソーセージと胡椒を振った蒸しジャガイモや野菜をもりもりと。ジークリンデは焼き鮭とオリーブ油を絡めたパスタをくるくるとフォークで巻いてお上品に食べている。
太いソーセージを咥えてへし折り、ばりっ、と小気味よい音と肉汁を飛ばしながらレオノーラが口を開いた。
「お金を稼ぐだけ……ならば。そこまで難しくはないのですわよね」
「ただしそのあとどうなるか、火を見るより明らかなのがね」
「ごめんね。二人とも」
そう……正直金策ならばそこまで難しくないのだ。
ハルティア王国からこちらの大陸に流れていた魔力繊維は最大の輸出元であったハルティア王国の政変とその際のごたごたで生産法がすべて失われた……ということになっている。
肌着として纏えば強化魔術の効率化や恐ろしく軽いのに必要に応じて硬化する魔力繊維は、一部の高位冒険者や騎士などにとって垂涎の的。
それが新規生産できなくなったため、現在値段は高騰の一途を辿っている。
イスハルはその魔力繊維生産能力を持つ唯一の男だ。新しく作って市場に流せば膨大な金銭が得られるがそのあとで確実にとらわれ飼い殺しの憂き目にあうだろう。
苦労して解放奴隷になったのに、また奴隷身分に逆戻りなど冗談ではない。
「かまいませんわよ、なんと言っても、わたくしにとっては、あなたに起こる危難を未然に防ぐことこそが一番優先するべきことですわ」
「ここはしっぽ女の言うとおりだね。冒険者はピンからキリまであるが最上位は王族からも敬意を払われる。だから立身出世を目指すなら選択肢としては十分にありだ。なるべく討伐数を稼いで早く上に上がりたいところだね」
ふぅん、とイスハルは頷きながら……レオノーラの皿に乗る胡椒をかけたジャガイモに目を向けた。
「あら。注文いたします?」
「ああいや。そうじゃないよ。……さっきメニューを見たけど胡椒を使った料理が割と手ごろな値段で出せるんだな、と思って」
「……なるほど」
いわれてみればそうだ。
レオノーラもジークリンデもいいものを食べてきている。高級奴隷だったイスハルもそうだ。
ここの料理はさすがに王宮の専属料理人が出すものには負けるが、ハルティアと比べると材料の質が良くなっている。
レオノーラは頷いた。
「香辛料などを列車で運べば手間賃をだいぶ削れますもの。物流にかかるコストの削減がこのお値段の理由ですわね」
「それにしても驚いたなぁ。イスハルは列車にああも心惹かれるとは」
「そんなに意外? 大陸のどこへでも行けるのに大きな工房を構えておける」
日々の寝床でありながら、思うまま好きな場所へと移動できる自宅。これに対する子供じみた憧憬はどうにも言葉ではしがたい。
だがレオノーラとジークリンデの二人には、長年の奴隷生活で自分の意思を主張できなかったイスハルが普通の人のように夢を語る姿は喜ばしかった。
さぁ、食事を再開しようところで……近くの席からがっちりとした短躯の男性……ドワーフの青年の話し声が聞こえてくる。
「だからさ。ハルティアから戻ってきた傭兵が言うには光の剣なるものがあるんだと」




