1: 大剣潰しのヨハンネス
本日は二話更新いたします。
こちらは一話目です。
このハンディウム大陸へと訪れた人が、故郷との差異をもっとも強く感じるのは『列車』の存在だといわれている。
大地を走る魔力の流れ、龍脈、霊脈と呼ばれる地の底の力を利用し、地面に敷設したレールの上を走る史上最大の移動施設だ。
物資の輸送量は従来の常識を塗り替えるほどであるものの、いまだに市民が気軽に扱える足としての面は持っていない。
もっぱら大商会の物資輸送や一国が兵員輸送に利用したりというあたりだ。現在は巨大な貨物列車のオマケのような、小型の客員輸送車を繋いで走る程度である。
そのような巨大な移動施設だが――当然魔獣という、人知の及ばない生物がいる以上は危険地域を避ける形となる。
もっぱら列車が走る範囲は重要な都市間を流れる龍脈上であるし、これらの鉄道網が張り巡らされて人々の生活を豊かにするには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
大地を突き進む移動施設が生まれると、それに付随して雇用も生まれる。
鉄道敷設に関しては鉄、木材、石材など。それを大地を操る魔術によってレールを精製し。列車開発などに関する技術者、労働者は周囲に膨大な利潤を生む。
それは冒険者と呼ばれる荒事の専門家たちも例外ではない。
列車が走るレールは人類の生存域に限定されるものの……もちろんモンスターが人間の事情に頓着してくれるわけがない。
モンスターの大量発生など、俗に『スタンピード』と称される危険な予兆が確認された際には、冒険者達はこれを討伐する義務が発生する。
こういう『間引き』の発注主はたいてい大貴族か大商人、あるいは王家であるのが常で。
金払いも確かな、悪くない仕事なのだが――。
「にしても、ちょいと最近多すぎるよな」
冒険者の一人が頬を伝う汗を拭いながら吐き捨てた。
前衛を努める戦士、治療の奇跡を行使する神官、破壊的な攻撃魔術を行使できる魔術師、野外、室内等での索敵を担う斥候。
リーダーを務める前衛の戦士は服の袖で汗を拭い、今しがた打ち倒したモンスターの首に打ち込んだバスターソードを引き抜く。どろりとした鮮血が、自分の体からする汗の臭いと入り混じって不快だが、冒険者である以上、慣れたことでもある。
汗がびっしりと染み付いた肌着を脱ぎ捨てて、水浴びをしてぱりぱりに乾いた肌着に着替えたい――全員そう思いつつ、戦士の言葉に頷いた。
「前は確か……イスハークで人里に出てきたモンスター退治」
「その前は民家にまで迫ったオークの撃退だ。……まぁ妙だよ。多いよなぁ」
最近の仕事は、確かに人間の領域にまで降りてくるモンスターを討伐する仕事が増えた。
確かに彼ら冒険者達にとっては仕事が減らないのはありがたいことだが……医者が暇であることが一番いいのと同じように、人里に現れたモンスターを退治する仕事は、できるなら少ないほうがいい。
そういう仕事は……たいていか弱い民間人の命や財産が損なわれた後で初めて依頼という形になる。
メンバーには食うや食わずの農民が嫌で、一攫千金を求めて冒険者を志したものもいる。
昔の自分と同じ立場の人たちが苦しんでいると思うと、心に辛いものを感じる。
「……はい、お話はそこまでにしときましょ? 当該地域にいたモンスターは撃滅完了――そっちはどう? イスハル」
『他の戦域でも問題は解決されつつある。現状はそこで待機していてくれ』
「はーい、了解」
魔術師の少女は今回の作戦において――全体の統括をしているあの糸使いの若者との接続を切る。
「待機指示が出たわ。周辺警戒しつつ各自休息を取りましょ」
「おう」
休む、と決まれば彼らの行動は早い。
武具を身から外しはしないものの、足を広げて身から力を抜く。こういう風に精神の集中を緩め、落ち着いて呼吸を整える時間は貴重だ。
腰に下げた水筒で喉を潤しながら、リーダーの戦士が言う。
「にしても……あいつら、ずっとこの辺にいてくれねぇかな」
「いや無理でしょそれ。……あちこち見て回るのが目的って言ってるし、たぶんそのうち出てくわよ」
「それでも、さ。それでも居てくれると……助かるんだがねぇ」
「まぁ……そりゃね」
リーダーの言葉に魔術師の女性も……結局は同意した。
ハンディウム大陸の海外からの玄関口、イスハークへと国外から奇妙な四名が降り立ち、冒険者として名乗りをあげた。
冒険者は腕利きであれば生き残って大金と名声を得られるが、実力と運が揃わねば死ぬ業界である。
イスハルたち四名を見た時、彼らは――そのうち三名は生き残れないのではないか? といぶかしんだ。
イスハル、レオノーラ、ジークリンデ。
冒険者などという職業に就くのは、伝承に詠われるような大冒険を志す馬鹿と紙一重の勇者か。あるいは食い詰めて手に職を持たない連中のどっちかになる。
彼らはそういう食い詰めたもの特有の必死さはなく。明らかに生まれの良さと、恵まれた人間にしか許されない優しさ、あるいは甘さを有しているように見えたのである。無頼の輩に騙され、酷い目に合わないだろうか、と純朴な印象を与えるイスハルを前に、受付嬢はそう思ったそうだ。
ただ……彼らと行動を共にする一人の人物を前にすれば、誰も彼もが、この四名は安泰だと確信した。
全身甲冑を身に纏う、身長240センチにいたる巨躯の男。眼光は鋭くまるで本当に光っているかのようであり。背中に抱えた肉厚の大剣はどんなモンスターでも問答無用に両断してのける。
性格は寡黙で喋った姿を見たものはおらず。
その甲冑を脱ぐ姿を見たものは一人もいない。
まさに常在戦場の心構えを地で行く男。
人は彼を『大剣潰しのヨハンネス』と呼んだ。




