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34:窓からの景色に立つ

12/21日、本日は二話更新します。こちらは一話目です。

なお第一章の最後のお話は明後日の12/23日に更新予定です。

 奴隷部屋にあった数少ない窓の一つ。

 そこから見える景色がイスハルは好きだった。

 町並みと城壁、その向こう側には小高い丘が見えていて、日向ぼっこすると気持ちよさそうだとよく師と話していた。

 自分と師のための奴隷部屋にも小さな庭園が与えられていたが、見上げる空は周りの壁で四角に切り取られていてどこか息が詰まるよう。


 先生は、亡くなったら見晴らしのいい景色に埋葬してくれと言っていた。



 イスハルたち三人とサンドール師に縁のあった数名の奴隷や文官は、木を組んで火葬の準備を始めていた。

 先生の本当の亡骸は、ジークリンデの協力の下で火葬し終えて、彼女の手で密やかにこの丘に埋められていた。

 けれどもきちんとした葬式をするのはこれが初めてになる。


「よ、っと」

「手伝おうか、イスハル」

「いいよ。ありがとう、ジークリンデ」


 イスハルは奴隷部屋に残されていた師の生き人形を抱え上げて、火葬台の上に横たえる。

 穏やかで静かな笑顔を浮かべている人形の顔を手で覆った。目を閉じさせておく。

 今までの人生のほぼ全てを一緒に過ごしていた師の人形を見ていると、不意にこのまま起き上がっていつものように微笑みかけてくれるのではないかと思う。


「オ……」

「陛下、あんたが来るとは思っていなかったよ」


 火葬台から降り立ったイスハルに……今まで見たことのないような静かな表情を浮かべたグレゴール王が軽く会釈した。

 お悔やみ申し上げる、とでも言うような王。ここしばらく続いた監禁生活は彼の心に大きな影響を与えたのだろう。

 レオノーラは火葬台を見上げながら嘆息した。


「……結局わたくしはサンドール師とお会いする機会は――最後までありませんでしたわね。

 その見識、学識といい、敬意に値するお人だったようですし……残念ですわ、イスハル。お悔やみ申し上げます」

「ありがとう、レオノーラ」


 火をつける。

 組み上げられた薪へと火は燃え移り、火勢を増して炎の勢いを得ていく。

 人間と遜色ないまでに精巧な生き人形は炎に撒かれる。

 思い出の数々が脳裏に浮かんで消える。あの奴隷部屋に閉じ込められることはなくなる。

 

 不思議だった。

 窓の外から見つめていた景色の中に自分がいる事が許される。


「ああ……そうだ」


 イスハルは燃え上がる師の生き人形の炎柱を見つめながら、やるべきことを思い出した。

 師が死後燃やしてくれと頼んでいた僅かな私物を炎の中に放り込み――そして一つの本を投げ入れようとしたところで……イスハルは手を止めた。


「懐かしいや……」


 師の遺品の一つを投げ入れるのをやめ、イスハルはそれを、炎を見つめて落涙するグレゴール王の下に差し出した。


「ア……?」

「これは、あんたに任せるべきだろう」


 何の本か分からぬままグレゴール王はページを捲り……その内容に瞠目した。

 昔、サンドール師がグレゴール王に提出した本。当時は僅かにページを開いただけで読む必要なしと断じ、余計な事を考えるなと雷撃で懲罰を与えたきっかけとなった……自動人形の修理マニュアルだった。

 あの時グレゴール王は自動人形の内部構造の秘密を知られまいと炎にくべて灰にしたのに……彼は、それでも自分を見捨てることなく。いつか受け入れてもらえると思ってもう一度修理マニュアルを作ったのか。


「先生は、あんたが国を豊かにしようという気概には敬意を持っていた。俺はもうハルティアなんかどうでもいいが……あの小さな窓から見える景色が……少しずつ誰かの家、家庭で埋め尽くされるのを見るのは嬉しかったって言ってたから」

「オ……ォ……ォォォォォ……!」


 グレゴール王は膝を突いて慟哭した。


(……サンドール、サンドール。お前を虐げた愚かな男のことを、お前は冥府からまだ心配して、手助けしてくれたのか。

 もう報いてやることもできないのが悔やまれる。すまない、ありがとう……)

 

 これがあれば……イスハルが修理してくれた農作業用の自動人形を長く使い続けることができる。これから農業国家として舵を切り替えたハルティアにとっては宝に匹敵する一書だった。



 師の遺灰代わりとなった生き人形の骨格を仕舞い、墓に埋める。

 三人とも、この国で遣り残したことは終わった。一番最後の心残りである葬儀を済ませ、イスハルはごろん、と横になる。

 日当たりのいい場所で昼寝をするのは、昔からやってみたかった。四方を壁に囲まれた空とは違う。横を向けば地平線まで続く空が見えた。

 青空を囲う壁はない。

 これが自由なのか、と感慨にふける。


「ところでイスハル。ヴァカデスの処遇はあれでよかったのかい?」

「……ジークリンデ、あの馬鹿のことは思い出したくないんだけど。レオノーラに任せたんだ、俺の知らないどこか遠い彼方にいて人生に関わらないから、もうそれでいいよ」


 横に寝転がると、同じく寝転がる彼女と視線がぶつかった。

 復讐は成った。

 イスハルとしてはこれ以上あの馬鹿のために記憶力を欠片ほどでも使うのは馬鹿らしい。

 同じように寝転がるレオノーラがくすくすと微笑む。


「そうですわね……どこか遠いところで金持ちの老婆の愛人として生きていますわよ。ジークリンデも、それで構わないですわよね」

「ああ。有意義な事を考えよう」

「そうだな……売却金額は1000リラ。ほかにも費用はかさむだろうから、相応に、誠実に仕事に励めば数年すれば自由になれるだろう。王子だったアイツにとってはそれはそれで地獄だろうけど――自由になった後の人生を楽しめるかは奴次第だ。更生のチャンスは与えた……あとはもう、知らん」


 レオノーラがヴァカデスを売却した奴隷商はなかなかのやり手だと聞く。

 奴隷として転売されても、顔はそこそこだったし、上手く行けば自由になれるだろう。

 どんな最底辺の奴隷であろうとも、未来に希望を抱けるようにしたい――自由を渇望し、それを果たせなかった師と同じ目にあわせるのは、ヴァカデスがどれだけの下種外道であろうとも嫌だ。

 ヴァカデスに対して哀れんだのではない。ただ、厳しくも優しかったサンドール師なら、そうしただろうと思った。


(……それで構いませんね、師匠)




 レオノーラとジークリンデは、善性の根付いたイスハルがヴァカデスに最後の情けをかけるだろうと予想はしていた。

 けれども、長年奴隷として軟禁されてきたイスハルは……やはり世間知らずなところがある。



 あれだけの悪逆を成したヴァカデスが、生きてハルティアを出られるはずがないのに。


 

「そうですわね。もう、奴の事を考えるのはやめますわよ」

「賛成だね。前はドトレーを出て、海近くまで行ったのに内陸に戻ったんだ、美味しい海魚の話でもしようか」


 二人はお互いに視線で合図すると――ヴァカデスの話題を意図的に切り替える。

 そうして三人はこの後、ずっとイスハルの人生を歪めた愚王子の話題を出すことはなかった。


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