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33/62

33:70000分の1刑


「王には指も舌もない、そこのヴァカデスと貴族たちによって切り落とされた」


 当然だがここにはハルティアの文官も大勢いた。

 玉座に座る王の姿は見ていたし、何か妙な……と思っていたが、まさか指を一つ残らず切り落とされているなどとは思っていなかった。

 続けてグレゴール王は大きく口を開く。

 口内の無惨な舌の痕跡を見て、誰も彼も青ざめる。


「主犯はヴァカデス王子と、彼を推戴した貴族たち。彼らは王の権威をそのままに議会を乗っ取るため。グレゴール王の舌と指を切り落とし、外部に助けを求められないようにした。違うか」

「ち、ちち、違う!」


 ヴァカデスもさすがに父殺し、親殺しが弾劾に値すると自覚はある。

 こんな事で自分が冤罪に巻き込まれてはかなわないと自己弁護した。


「わ、私はただ父上の舌と指を切り落とし、傀儡にするという――そこにいる貴族達の提案に頷いただけではないか! 私は悪くないぞ!!」


 ……ヴァカデスに罪の意識はない。

 彼は自分で状況を変えるために考えて動いたのではなかった。自分を10分の1刑に処した父に対する憎悪と恐怖もあったし、王になって膨大な資金と権力を思うままに振るいたかった。だが、そのために何かするという考えはなく……貴族達の提案は、彼にとって都合が良かったから乗っただけなのだ。

 だが、イスハルはそんな妄言など意にも解さない。


「……なぜ止めなかった?」

「は?」

「なぜ止めなかった。貴族たちが自分の父親の指と舌を切り落とし、監禁するという提案を聞いてその場で止めなかった。いや、その場で止めなくてもいい。すぐさま父親に報告すれば、グレゴール王は舌と指を切り落とされるなどという残酷な目には合わずに済んだはずだ」


 ……ヴァカデスが気付いた時には、嫌悪と軽蔑の視線に取り囲まれていた。


「傭兵に対する故意の射撃という契約違反、仲間殺しという罪。実の父親が惨たらしい目に合う叛逆行為を黙認した罪。……そして――実の父親に対する殺害未遂」

「ち。父上は死んでいないではないか!」


 馬鹿かお前は、とグレゴール王は失望と落胆の眼を向ける。

 王の腹を抉った短剣の傷は深く、生き残ったのはたまたまイスハルがいて、彼の拷問めいた救命行為がどうにか実を結んだからに他ならない。

 イスハルは心の底から馬鹿にしたような目を向け、手元に残していた証拠品を大勢の耳目の前に晒した。

 流麗な装飾の短剣はヴァカデスにしか身に着けられない高価な代物だ。誰もが知っている。

 だがひときわ目を引くのは短剣の装飾に酸化したどす黒い鮮血がこびりついていることだった。


「これが、グレゴール王に突き立てられていた凶器になる。これは王族にのみ与えられるものであり、ヴァカデスの私物との情報もある。なにより……グレゴール王、あなたを刺した犯人は?」


 ゆっくりとグレゴール王の腕が持ちあがり、指を失った掌がまっすぐわが子であるヴァカデスを差した。


「持ち主がはっきりした凶器と、被害者本人の糾弾。グレゴール王殺害未遂はヴァカデスの仕業であると断言するに足る」

「し、知らぬ知らぬ知らぬぅ~!!」


 はぁ……と大きなため息が響いた。

 イスハルでもレオノーラでもない……グレゴール王監禁の主犯格であった貴族の一人が、ほとほと呆れ返ったような声をあげていた。


「……殿下。まさか我々と別れた後で、王を殺害しようとなさっていたとは……。どうやら我々は神輿に担ぐ相手を間違えたと痛感しております」

「な……なんだと?! こ、このヴァカデスを愚弄するかぁ!」

「愚弄しているわ、このアホめ! お前を担いだのは人生最大の愚行であった!!」


 もはや自分達の未来が破滅しかありえないと分かっているのだろう。

 捨て鉢になったからこそ、発する言葉は紛れもない本音であった。

 ヴァカデスは左右を見回す――まるであの日、イスハルの身代金支払いを拒んだ展開と真逆ではないか。

 だがそこでヴァカデスは脳裏に閃くものがあった。その両眼が獣将姫レオノーラを見据える。


「た、助けてくれ!」

「は?」


 レオノーラは心の底から首を傾げた。

 いったいどうして自分が蛇蝎の如く忌み嫌うヴァカデスを助けるなんて話になるのだろうか。意味が分からない彼女にヴァカデスはまくし立てる。


「だ、だって! これはあの日の焼き増しではないか! つまりイスハルの時のように君が私を助けるのだろう?! よ。よいぞ許す! このヴァカデスを救った暁には正妻、王妃として遇する事をぶげええぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 レオノーラはいい加減聞き苦しい言葉に我慢ができなくなり、その拳骨でもってヴァカデスを殴り飛ばした。

 吹き飛ばされ、転がるヴァカデス。腹に打ち込まれた一撃で臓腑が千切れたのではないかと思うぐらいの激痛。吐瀉物を撒いて身を捩り、のたうち回る。ふん、と鼻を鳴らしてレオノーラは冷厳な女王のように宣言した。


「ハルティア臨時政府の正式な回答を受諾いたしました。

 それではこのヴァカデス王子は、こたびの戦費を僅かなりと購うため、奴隷として売却させていただきますわね」


 父であるグレゴール王さえ、了承代わりに深く頷く。

 この場にいる誰もが、暗愚の王子のしでかしたことを思えば当然のことだと納得した。






 ……ヴァカデスが目覚めた時、彼はすでに着衣を剥がれて粗末な腰布のみを纏う姿だった。

 口枷を嵌められ言葉を発することができないまま周囲を見回せば――幾度か見慣れた光景だと知る。周りには長方形の牢屋に閉じ込められた奴隷たちが無気力なまなざしで宙を見つめていた。

 何度か見た光景……だが、それが牢屋の内側、商品としての視点からだと思うと視界のすべてが絶望で塗りつぶされる。


「むぅ~~!」

「……あら、気づかれましたの? お父上が舌を切り裂かれたのに比べればまだ優しいとは思いますけど」


 奴隷商と話をしていたと思しきレオノーラは、牢獄の中のヴァカデスに向き直り、ほほ笑んだ。

 誰もが見とれる美貌だが、今のヴァカデスにとっては悪魔の微笑みに等しい。牢の枠を殴りつけながら全身で激怒を表現する。

 だがレオノーラは彼の怒りなどどこ吹く風と背を向けて交渉を続けた。


「それで、査定金額はおいくらかしら?」

「さようですなぁ……顔良し。体力なしとなれば……やはり男娼あたりに仕上げて売却すると思いますぞ。

 ……おおむね300万リラあたりでいかがでしょう」


 揉み手をしながら奴隷商は笑顔を浮かべる。

 なかなかの顔の良さ。文字も読めるなら育成の時間や手間も省ける。あとは金だけはある蟇蛙のような老婆がお気に召すような調教を施す必要があるが、最後には高く売れそうだと踏んでいた。

 

「不満があります」

「お嬢様、ですがこちらも精いっぱい勉強させていただいてこのお値段なのです」


 奴隷商は抜け目なく答える。

 いかに安く仕入れて高く売るか。商売の基本は奴隷を扱っていてもそうそう変わることはない。

 だが相手は嗅覚で感情を読む獣人。その中でも最も智謀に優れるという獣将姫レオノーラだ。どうやって言いくるめるか……熟考する奴隷商にレオノーラは言い放った。


「高すぎますわ」

「は? ……は?」

「高すぎると申していますの。このヴァカデスという男は品性下劣、保身しか頭にないクズ中のクズ。こんな男を300万リラで売っては道理にもとりますのよ」


 奴隷商は首をひねった。

 今まで少しでも多く金を得ようと売買交渉をする相手と幾度もやり取りしてきた。

 しかし自ら売却の値段を安くしようとする客はいくら何でも生まれて初めてであった。

 正直半信半疑ではあったが、奴隷商は金額を下げて提示することにする。


「……で、では200万リラでは?」

「やはり高すぎますわね。この男は契約を無視して仲間殺しを行った恥知らずの外道ですもの」

「むぅ~~~!!」


 目の前で、ヴァカデスの最後の尊厳が捨て去られている。

 王族ではない丸裸のただのヴァカデスになど、人間としての価値は欠片もないのだと突きつけるかのようだ。

 牢を殴りつける。叫ぶ。くぐもって聞き取りにくいがヴァカデスは泣きながら叫んだ。

 売却の値段が安ければ安いほど自由は近づくが、これはそういう問題ではない。もっと重要なものをそぎ落とされていた。


「で、では100万リラ」

「高すぎますわね」

「……50万リラ」

「成人男性一人分の価値がこのクズにおありと思いますの?」

「……30万リラ」

「女性に対する冒涜ですわよ」

「……じゅ、10万リラ」

「こいつはいるだけで有害な男ですわよ。見てるだけで和む愛らしい子供と同額なんて」

「……9000リラ」

「もう一声!」

「むぅぅぅ~~~~~~!!」


 ヴァカデスは悲鳴をあげながら叫ぶ。

 王子でなければ、貴族でなければ、お前など何ら価値のない男なのだと突きつける無慈悲な言葉にもうやめてくれと叫ぶ。

 そんな彼を見て哀れに思ったのか、奴隷商は少し気の毒そうな顔で言った。


「……1000リラでは?」

「素晴らしい取引をありがとうございます」

 

 そして――奴隷商はまるで子供の小遣いのような金額でまとまった交渉成立に、魔物に化かされたかのような顔で契約書にサインする。

 レオノーラはヴァカデスの牢屋を見る。史上最安値で売り飛ばされたヴァカデスは、はぎとられる尊厳に耐えきれず気絶していた。


「さようなら、イスハルの70000(七万)分の1以下の小さい男」


 ……上機嫌で去っていくレオノーラの背を見送って、奴隷商の男は呟いた。


「……こんな変な取引、生まれて初めてだ」




 こうしてヴァカデスは歴史に名を遺した。

 ただし最悪の愚王子として悪名を轟かした――などではなく。

 王族身分の人間でありながら、奴隷の売買記録の中でも史上最安値を更新した男として。

『1000リラで売られたバカ王子』という滑稽話の主役として、長く大勢を笑わせていくことになるのだった。


 

いつもありがとうございます。

明日の更新は二話まとめて行う予定です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴァカデス:この世界における「バカ」の語源
[一言] 本気で売り払ったら血族フェチや生意気で高貴な者を徹底的に壊したいサディストや復讐者あたりに相当高値でいけるんだろうけどな
[気になる点] こうして、祖国を滅ぼした道化の王子は売り払われましたとさ、めでたしめでたしと他人事ならなるけれど、嬲り殺しにしたい恨みを持った連中にするとどうなるのかが気になります。
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