28:光の剣
異世界の剣豪『ヨハンネス』の名を持つ自動人形は立ち上がった。
大雑把なパーツ構造、重量感を感じさせる大きな四肢。複眼を輝かせ、自動人形は背を逸らした。
イスハルは両眼を瞑り制御に集中する。制御のやり方はサンドール師から教わっていても……これほどの大推力を操るのは二度目だ。まだ慣れはしない。
「主推力機関を露出、点火」
後背の装甲カバーが解放し、推力ノズルが姿を現す。
きゅあああぁっ、と独特の吸気音が鳴り響き――次の瞬間には桁外れの推進炎を流星の尾のように棚引かせながら空中へと飛翔する。
両足から推進炎を連続で噴射し、平行を維持。
ぼぅっと、耳を劈く爆音が大気を叩いた。
ジークリンデのはるか頭上を飛び越え、大気との間にある膨大な熱量差で飛行機雲を引きながら一瞬で飛翔してのける。
脚部を前に出し急制動――大勢の視線が注目しているのを感じた。
「ホバリング、排熱」
脚部の底、両肩、腰に装備した小型のスラスター郡が完璧な制御で小刻みに推進炎を吹き上げ空中で完全に静止する。装甲の隙間から蒸気を噴き出して排熱する。まるで人に似せた鉄製の怪物が、全身にある口から呼吸をしたかのように見える。
戦場が、止まった。
鳥の視座で自分達を見下ろす自動人形の姿に度肝を抜かれ、誰もが呆けたように動けないでいる。
「……今のうちに逃げとけよ」
イスハルが呆れたように……耳目を引き付ける爆音の源である自動人形を見上げる傭兵たちに呟いた。困ったことに高機動剣豪機が背中から姿勢維持のために連続して噴出する推進炎を、天使の羽か何かと勘違いして伏し拝む奴までいる。自動人形だと知識がなければそんなものだろう。
「ええい……あれは自動人形、すなわち我がハルティアの裏切りものではないかぁぁ!」
ヴァカデスの声が遠くに聞こえる。
今や無用な死を振りまくばかりの元凶。ハルティアの愚物は喚き散らしながらも、傭兵に対する攻撃を続行させている。
イスハルの体を冷ややかな軽蔑と憎悪が駆け巡る。
自分の人生を狂わせ、勝敗が決したことを認めず無意味な死を撒き散らしている。殺すべきなのだろう。それはたやすい――だが、イスハルはそれをよしとしなかった。
失態を尻拭いした自分の身代金支払いを拒み、勝手にのたれ死ねと言わんばかりの嘲笑の顔を思い出す。
奴は、その性根に相応しい最後を遂げるべきだ。自分がしでかしたことの責任を取らせ、愚かさを悔いさせてから地獄に落とすべきだ。
高機動剣豪機は腰部のウェポンラックからビームサーベルを手に取る。両腕に一つずつ構えて左右に広げた。
相手の射撃タイミングにあわせ、動作開始。
「収束率60パーセントに設定」
イスハルは魔力糸を介して膨大な魔力供給を開始。
その剣柄から灼熱光が広がった。
以前のように極限まで収束させ、光の針の如く細く絞られた時とは違う。
大気を焦がす異様なにおい。耳に響くのは誰もが聞いたことなどないであろう、不気味な緊張を孕んだ熱の音だ。敵味方に狼狽が広がる。それはそうだろう――からくり師サンドールが残した遺品。冷酷に用いれば一撃虐殺を可能とするビームサーベルの刀身が発する異様な唸り声は、聞くもの全てに恐怖を与える。
「撃て、味方を撃って進ませろ!!」
「ヨハンネス、奴らの悪あがきごとなぎ払え!!」
例えて言うなら、火花の大長剣。
空中に飛び上がった矢の雨を撃ち落すようになぎ払った。
火花めいた刀身――それは超高熱の熱風となり、長距離を飛翔する矢を吹き飛ばした。あるいは火花に触れた矢は一瞬で発火点を突破し火に塗れて燃え尽きる。
中でもひときわ目を引いたのは、火花によって鉄の鏃が融解し、赤熱した液体のようになって空中に撒き散らされたことだ。
「……ひ」「な、なんだ、あの熱……」
害のない長距離から振るわれるだけでも、強烈な熱波が撒き散らされている。
誰も彼も戦闘を停止し、空中で人ならざる力を振るうそれに魅入られたかのようだ。
「う、撃て、撃ち落せぇ!」
「撃ち落すってったって……」
ヴァカデスが督戦行為を阻むヨハンネスを剣の切っ先で示して命令を怒鳴り散らす。
だが射手たちは当然困惑したままだ。相手がその気になればあの大推力であっという間に逃げることだってできるし……あの矢を切り払った光の大長剣を自分達に向ければどれだけ大勢の死者がでるだろうか。
射手たちがこの時思っていたのは、味方への射撃という蛮行をやらずに済むという安堵と……あの自動人形が、どうかこのまま何もしてくれるな、大人しくお引取り願いたいという気持ちだ。
だからヴァカデスの言葉など、薮を突いて蛇を出すようなものでしかない。
「このまま督戦の弓を防がれては負けるだろうがぁぁぁぁ!!」
ヴァカデスの金切り声に従い、今度は周りの貴族たちが剣を抜いて「早ようせいっ!」と怒鳴り散らす。
背後で煌く味方殺しの刃に顔を見合わせ、射手たちは観念の面持ちで弓を構えた。
まだ、やるつもりなのか、とイスハルは舌を鳴らした。
「ビームサーベル、収束率100パーセントに!」
今まで光の剣より発していたのが火花の滝であったなら、細く細く狭まっていくそれは光の針に等しくなっていく。
光の大長剣が伸びる。これまでのように空中をなぎ払うのではなく、切っ先はまるで射手の隊列をなぎ払うように一閃した。
「お前等、もう下がれ! 家に帰れぇぇぇぇぇぇ!!」
射手たちは全員、死んだ、と思った。
はるか彼方からでもはっきりと分かる絶大なパワー。光の剣が触れた空気でさえ自分達を火達磨にするほどの威力があると、本能が理解する。
だから彼らは――眼前をなぎ払った光に死神の姿を幻視し……五体のどこにも異常がなく、激痛もない事にいぶかしんで……目元で両断された弓を見て、あの自動人形の意図を悟った。
極限まで収束し、破壊力を完璧に制御されたビームサーベルは狙い通り相手の弓のみを真っ二つにしたのだ。
武器を壊され、もう戦えない。もう味方殺しをせずにすむ言い訳ができる。
兵士が安堵から絶叫して指揮を離れ、必死に駆け出した。
「ゆ、弓が壊れた……射撃しないでいい! 逃げられるぞ!! 逃げろ、傭兵が殺到してくる!! ヴァカデスに巻き込まれて死ぬなんてごめんだぁ!!」
「逃げる、ああ……ああ、そうだな……そうだなぁ! 逃げるついでに奴らぶっ殺してからなぁ! 行くぞぉ! 裏切りの落とし前をつけさせてやれぇ!!」
ヴァカデス王子の率いる本陣が、弓を壊されて督戦の射撃ができなくなったと知り、傭兵たちはそれぞれ散り散りばらばらになって逃げ始め……あるいは、味方であるはずの傭兵に弓を射掛けた冷酷な王子に対する怒りで、敵味方を取り替える。
1000対7000の戦は、ハルティア王国側の唯一優位だった人数でさえ覆った。
もうこれ以上は自分が手を下す必要もない。
ヨハンネスを自分の下へと帰還させる。頭部カメラが、味方の先陣を切って逃げ出すヴァカデスの背中を捕らえた。
相変わらず生き汚い、と吐き捨てる。すでに傭兵全軍の憎悪の的となったヴァカデスが捕まれば、報復として八つ裂きにされるだろう。罪に相応しい罰ならば、傭兵たちが勝手にやってくれる。
因縁の終わりが近づいていることを感じ、イスハルはののしるように吐き捨てた。
「じゃあな、ヴァカデス」




