24:忘れているのかも
「とと、止めろぉ!!」
「何が力馬鹿の獣人ばかりだ……滅茶苦茶な手練がいる……!」
傭兵たちが泡を食った様子で指示を出す。
相手は力押ししか能のない獣人ばかりで、魔術の造詣は浅いと言っていた。
だが現実はどうだ、相手は単独でこちらの前線を押し込んでくる。兵士達がそれぞれ盾に隠した状態で、その背後に長弓を構えて準備する。
一斉発射。
空中へと飛び上がる矢の勢い凄まじく、これが命中すればたちまちに蜂の巣にされるだろう。
だが――ジークリンデは敵の射撃武器が自分へと向けられたことに満足の頷きをする。
「焦熱光線、残弾すべてを迎撃に変更。迎撃体勢へ」
自分へと降り注ぐ矢を撃ち落そうと一斉に飛翔する焦熱光線。黒い鉄の鏃の雨が太陽と同質の光を発する攻撃魔術と激突しつぶしあう。
同時にジークリンデもゆっくりとした前進を止めた。これ以上一人で前に出すぎると突出する形になる。
「で……このまま相手の射撃の的になり続ける、でいいんだね、しっぽ女」
『ええ。その位置で待機……こちらとしては射撃を封じ込めれば良しですのよ』
ジークリンデは『糸伝令』を介して伝わってくるレオノーラの指示に頷いた。
現在相手の長弓と自分の射撃魔術はお互いに相殺しあい、損害ゼロのままで互角の状況を演出している。
「よーしよし、悪くないね」
……戦争とは、一人でやるべきものではない。
手ごわく厄介な相手を無理に潰す必要はなく、その注意を引きつけ仕事をさせない――それだけで十分なのだ。
ジークリンデは自分ではなく自分の後方、500の兵を二つに割った獣氏族の本隊に突撃する傭兵達を見た。自分達は数に勝り相手は劣る。戦争においてもっとも単純で確実な常識に基づいて彼らは勝利を確信している。
知らないとは哀れだ。そう思った。
獣氏族に属する三つの戦闘氏族は精強だ。
これまで同胞を守るために戦ってきたからこそ、多くの信望を集めてきた。それが間違いないからこそ、他の獣氏族のもの達は最前線で血を流す彼らへの支援を止めることはなかったのだ。
だが、今までハルティア王国の自動人形によって苦渋を舐めさせられてきたし、獣氏族の戦士自身も自分たちは長年の敗北のせいで弱いのではないか、という不安を受け付けられてきた。
それはハルティア王国側も同じである。
自動人形という戦力で圧倒できて、実際に剣を合わせて戦う機会は少なくなった。
多少なり身体能力が高かろうが、圧倒的寡兵を打ち破れるほどの戦闘力など持ち合わせてはいまい。そういった思い込みから抜け出ることができなかった。
『きたぞ、獣将姫どの……いつだ、なぁいつだ』
イスハルの『糸伝令』を介して<獅子>の青年から声が響く。
最前線に立つ<獅子><熊>の獣人たちは肉体に纏わりつく人工筋肉帯の具合を確かめる。
通常、戦争は弓矢同士の打ち合いから始まるところだが、今回相手側からの弓はジークリンデが押さえ込んでくれている。このままなら問題なく乱戦に持ち込めるだろう。
「しばしお待ちになって。……イスハル、索敵には?」
「検知なし。……ほんとに騎馬兵を捨ててきたか、これ」
地蜘蛛陣を張り巡らせて周囲の振動を検知するイスハルの言葉に、レオノーラは頷く。
そろそろ接触する。相手は気勢を発して武器を構え各々気の向くままに突進。騎士団のような槍衾を組んだ整然とした蹂躙前進ではない。個々の武勇にて全てを決する古めかしい作法だ。
頃合か、レオノーラは下知を告げた。
「よし、よく耐えましたわね……暴れて構いませんわよ」
『その命令を……待っていたぞぉ!』
おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!
威を殺し、息を潜め、相手が間合いに近づくまで我慢を強いられた獣氏族の戦士達が一斉に吼えたける。
その凄まじい威声に呑まれたかのごとく、傭兵の最前列は居竦み――次の瞬間には文字通り爆発の勢いで撃砕された。
腕に構える武器の一薙ぎで骨肉が爆ぜ、断末魔をあげる暇さえなく絶命する。
防具など意にも介さぬ凄絶な一撃で臓腑を撒き散らし、屍が跳ね飛んだ。
『ははっ、なんだ! なんだ! 強いではないか我らは!』
それは長年の敗北によって心身に飢えつけられた負け犬気質からの脱却であった。『糸伝令』によって伝わる声には気鬱の源を振り払い、爽快そのものの歓喜が伝わってくる。
「ま、そうですわよね。元々弱いわけではないのですし」
身体能力的に彼らは人より隔絶している。
……だからこそ、力に頼ることですべての物事が上手く行っていた彼らは、容易に力以外の何かに頼れなかったのだが。
勢いは圧倒的だった。長年続いた負け戦のうっぷんを晴らすかのように傭兵たちを吹き飛ばし、なぎ払う。
根源的な膂力の差がある獣人たちの能力とはこれほどまでだったのか、前線で戦う傭兵たちは自分達に正確な情報を与えなかったハルティアの首脳に呪詛と罵倒の声をあげて蹴散らされていく。
「敵陣に動きがある。しかしこれは……攻めるための準備じゃない」
「しょせん雇われの悲しさ、ですわね」
あるいは殺戮の憂き目にある仲間の姿におびえる傭兵らを統率する貴族のお目付け役でもいれば、もう少し陣構えを維持できたかもしれない。
戦闘は当初の予定に反し、圧倒的寡兵が圧倒的多数の敵を、立場が逆になったかの如く粉砕していく状況だ。
敵陣の軍氣の乱れは強まる一方、浮足立っているのがよくわかる。
「……そろそろ壊乱するかと思ったが、そうでもないな」
「彼らにも起死回生の一手があるのでしょう。敵だって勝つために全知全能を尽くしますわよ」
イスハルはそうだね、と短くうなずく。優勢だからと言って油断はできない。
相手がなおも崩れずに懸命に踏ん張っているのは勝てる希望があるからだろう。
これはやはり戦。相手だってこちらを出し抜き勝利を得ようと必至だ――そう思ったイスハルは、張り巡らせた魔力糸の結界に触れるものを感じた。
「足音が四つひと塊、高速で近づく。百名に届くか否かの数だが、騎兵だ」
「イスハル、敵が起死回生の最後のカードを出してきましたわよ」
戦闘開始前の予想は正しかったことが証明された。
相手は機動力のあるなけなしの騎兵で戦場を大きく迂回し、手薄な本陣を突くつもりだろう。
「まぁ、本陣と言っても……俺とレオノーラの二名しかいないけどね」
『言っておくけど、そこはわたしの射程圏内だから三名だよ。分かっているね』
「ええ、ごめんなさい、ジークリンデ。あなたの手の長さを忘れていましたわ」
そう言いながらレオノーラはぐるりと振り向くと、後方へと視線をやる。
遠方から近付いてくる土煙。馬を駆り、こちらへと迫るのは最後に残ったなけなしの騎士、あるいは貴族との縁故が深い私兵の類だろう。
槍をしごきながらこちらへと襲い掛かってくる。もっとも、イスハルとレオノーラの二名が本当に本陣だ、などとは気づいていないだろうが。
いかに能力に優れた獣人でも、甲冑を纏った騎兵の衝力は侮りがたい。
騎士たちが殺気を放つ。遠方からでも味方陣地の酷い有様は見えているのだろう、ここで自分たちが奮励努力せねばならぬと意気を発するのが見えた。
ふと、レオノーラが感想を呟く。
「殺す気ですわね」
「殺す気だね」
『殺す気のようだね』
みんなの意見は一緒だった。ふと考えこむ。
「わたくしが思うに……もしかしてあの騎士たち、この戦がイスハルの身柄を奪うためのものだと忘れてないかしら」
「俺は首輪をまだつけてはいるけど……生死のかかった戦場で、いちいちそんな判断力を保てるかと言うと少し疑問だな」
『確かに。イスハルを戦場に連れてこないと思い込んでるかもしれないね』
とお互い意見を交わし合い……イスハルは少し、おかしそうに笑った。
「これで奴らが戦う目的の俺を殺害したと後で知ったらどんな顔するんだろう」
『こら、イスハル。たとえ冗談でも口にしていい奴と悪い奴があるんだからね』
「ごめん」
確かに、とうなずいてからイスハルは四方に延ばした魔力糸を介し……接続を行う。
これまで布を覆いかぶされ、遠目から隠されていた二体の自動人形が立ち上がる。これは元騎士たちが国外に持ち出そうとしていたものを、イスハルが再度使えるように調整しなおしたものだ。
その二機は二人を守る最後の砦の如く、スコップを構えた。
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