23:人呼んで蹂躙要塞
7000の兵の一番奥、中央の安全な場所で陣取るヴァカデスは上機嫌であった。
彼我の戦力差は歴然。この戦で勝利すればすべて元を取り戻せるのだと信じているし、それは彼を神輿にする貴族たちも同様。
「んん? ……なんだあれは」
「一人で、正面へと立ちはだかる気か」
ヴァカデスが軍事的に無知ではあっても、さすがにたった一人で千人単位で襲ってくる傭兵たちの前に立ちはだかるのが自殺行為だと知っていた。
「ははっ」「馬鹿な奴め、とち狂ったか?」「いや……あの女は宮廷魔術師の?」
大勢が愚かな真似をと嘲る中、立ちはだかる女の姿に見覚えがあったものがいた。
ジークリンデ。ヴァカデスにとっては父であるグレゴール王が自分の代わりに適切な執務を取らせるように教育していた女魔術師だ。先の戦のあとのごたごたで失踪していたと思っていたが、敵に寝返っていたとは。
「おのれぇ……父上の恩も忘れてこのヴァカデスにたてつくとは! 我が勇壮なる兵よ、構わん、踏み潰せ!」
傍で威勢のいい言葉を聞き、貴族の一人が(我が? ……傭兵を?)と心の底から不思議そうに首をひねったが、彼は空気を読んだ。
だがヴァカデスは相手の能力を見誤っていた。
レオノーラもジークリンデも、共に勝ち目のない戦に挑む気はない。一見無謀な陣形ではあるが……戦に勝つうえでこれが一番効率的であると判断したためだ。
ジークリンデが手を掲げる。
攻撃魔術の中では初歩的な射撃魔術、焦熱光線の光。光弾を空中に浮かせて発射待機状態に移行する。
「ははっ、攻撃魔術とはいえ個人で千人にどこまで抗えるか」「それにしてもあんな初歩魔術を使うとは。わが国の宮廷魔術師だったのが信じられぬほどですな」
戦闘を観戦する貴族たちは、もっと大きく威力のある攻撃が来るかも、と内心はひやひやしていたが、そうではないと安心する。
彼らが一番おそれていたのは、長距離用の攻撃魔術が自分の足元に飛んでくることであり、初歩の焦熱光線ならばそれはないと安心する。
待機状態の光弾が増える。増える。増える。
10から30、50、60、70、まるで空中に乱舞する蛍光のようだ。
100、200、300、光弾は徐々に、しかし確実に数量を増やしていく。
「お……おい。数が……多くないか」
ヴァカデスは自然と言葉の端々が恐怖で震えていることに気付いた。
400、700、900――概ね千を越えたあたりで言葉を呑む。今や空中に浮遊する待機状態の光弾は、引き絞られ、発射の時を待つ弓兵の如き圧力を発していた。
しかし、当然の事だが傭兵たちは突撃の勢いを止めない。否、止める権利がない。
命を賭けて戦い、報酬を得る彼らが、上の人間の命令なしに独自の判断で行動する事は許されない。
それでも眼前で広がり、今もなお蓄積を続ける光弾の群れに困惑を隠せない。
「……どうすりゃいいんだよこれ」
すでに沈みかけているハルティア王国に付き従っている傭兵だけあって機を見るに敏とはいかない。
全力で勢いをつけて突進するか、あるいは一目散に散らばって逃げるか。この状況では中途半端が一番よくなかった。
「とりあえずざっと三千発――」
ジークリンデは空中に浮かべた焦熱光線の発動待機状態に、よし、と頷くと口に出して攻撃を開始する。
「600発は待機状態を維持、命令は迎撃。
残り2400発は攻撃、計12波に分割し攻撃開始――焦熱光線、第一波」
ぼぅっ、と熱線が走った。
まるで光の雨。ただし触れ得るすべてを貫通する死の光弾は、一斉に濃密な弾幕で最前線にいた傭兵たちの体を穴だらけにする。
「止めろ、あの女止めろぉ!」
数名の傭兵が乱戦時用の短弓を構え、ジークリンデを狙った。
長弓のような威力と射程距離は持たないが、取り回しのよさとほどほどの威力を備えた武器だ。
矢をつがえ、ジークリンデに引き絞る。
先ほどの攻撃は総計2400発の焦熱光線のうち200発しか動かなかった――それだけで全身を穴だらけに穿たれ、焦げ臭い煙を引き上げながら絶命するものが多数。
敵の一斉掃射の第二波が来る前に殺さなければ損害が拡大する――そう即断し、矢を放った。
狙いを過たず一直線に飛ぶ矢、先端の鋼の鏃が相手の五体に突き刺さろうと飛翔し――その合間に閃光が割り込む。放たれた焦熱光弾は鏃を穿ち、矢の半ばを焼き貫き、矢羽根を破砕する。文字通り一矢報いることもできぬ。
迎撃に割り振られた光弾による自動防御だ。
「第二波」
ぼっ、と苛烈な灼熱音が飛翔し、前面の兵士を射殺する。
ジークリンデは敵の正面突撃を、真っ向から火力で蹂躙しながら前に進んだ。
彼女にはイスハルのような多彩な糸繰りも、レオノーラのような俊敏さや膂力は持ち合わせていない。
だが、膨大な量の焦熱光弾による飽和攻撃、迎撃を行使する制御と魔力量。
そして魔力障壁による堅牢な守りを兼ね備えた蹂躙要塞というべき、ゴリゴリの重装甲大火力スタイルの持ち主だ。
「お」
ジークリンデは敵の傭兵が大盾を持ち出してくるのを見た。
恐らくは弓矢での射撃戦に備えて予め用意していたものだろう。魔獣の皮で覆って耐久度を増したソレは、貫通するのは一苦労そうである。
しかし、魔獣の皮はいい。
先日アイテムボックスを自作しようとした一幕を思い出す。あれを戦利品にすれば今後の役に立つかもしれない――ジークリンデは攻撃を続ける。
「第三波、積極的弾道操作」
「来たぞぉー! 防げぇー!! ……って?!」
ぼぅ、と三度目の光線発射。ただし先ほどまでの直線軌道とは違い山なりの起動を描いて、今度は相手の背中から射抜いた。
傭兵たちが、そんなんありか……と愕然と恐怖が入り混じった視線を投げかけながら、理不尽さとともに崩れ落ちていく。
「前に元騎士のご家族を助けた時は木々の隙間を縫う必要があったから数を減らして制御に集中したけど、山なりに飛ばして戻す大雑把な弾道でいいなら、この程度は、ね」
射程と威力を兼ね備えた長弓の矢をうけとめるための大盾は、頑丈な分重量もそれなりで、取り回しは劣悪の一言に尽きる。背中へと回り込んでくる光弾をうけとめ損ねた傭兵が倒れ――運よく守りが間に合った傭兵もいたが。
「あ、あぶねぇっ……てっ、待て待て待て……!!」
「第四波、直線軌道」
今度は直線軌道を描く光弾に蜂の巣にされていく。
ジークリンデは築いた屍を踏み越えてまっすぐ進んだ。
戦場にいるにも関わらず無人の荒野を行くがごとく。千人近くの傭兵を正面から個人が有するとは思えない規模の、絶大な火力で正面から圧倒する。
数的優勢を力で覆され、狼狽する敵陣へとジークリンデは進んでいく。
「さぁヴァカデス、何もしないならわたしがそっちに行くからさ……待ってろよ?」
にやり、と笑いながら彼女は歩きだした。




