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22:寡兵、勝算在り


「実のところを申しますと、わたくしはこたびの戦はそれほど心配はしていませんの。

 ですが、戦は水物。本番の前に可能な限り策を弄しておきましょう……まずは調略から。元騎士様や逃げてきた文官から、未だハルティアに残っている貴族のリストを用意いたしましたわ。

 ジークリンデ、お手紙をお願いいたしますわね」

「多いなぁもう!!??」


 ハルティア王国に長年仕えていれば面子やらなにやらで雁字搦めになって逃げる機会を逃した貴族もいるだろう。

 その連中に戦後、国家運営を取り仕切る新組織の椅子を用意しておく。

 その役目にはジークリンデが抜擢された。元々宮廷魔術師だけあって顔も広く字も綺麗。本人はリストを前に不満をぶち上げていたが。


「続けて実戦に対して。……イスハル。あなた、わたくしをマッチョにしたあの技、何人までに行えますか?」


 マッチョにした……? 何かの隠語だろうか、と同じく天幕にいた獣人たちがいぶかしむ様子を見せたがレオノーラは気にもしない。

 イスハルは少し考え込んだが……指を立てて示す。


「余裕を見れば300人単位で、無理をすれば1000人全員が可能になる」

「よろしい。では前線に立つ精鋭を厳選し、その300人には人工筋肉帯を装着した状況で全力が出せるように、感覚の擦りあわせの訓練を行いますわね」

「ああ、問題ないよ。あとは――俺の人形で本陣の奇襲といったところかな」


 レオノーラの策にイスハルはもう一つ付け足しておく。

 前回の戦ではヴァカデス王子の本陣への奇襲攻撃は見事に刺さった。今度は飛行する能力を備えた自動人形を敵の本陣へと突撃させる。逃げてくれればしめたもの、混乱させるだけでも効果はあるだろう。

 



 イスハルは獣氏族での栄達を諦めてみなと諸外国へと脱出し、平穏無事に暮らすことが目的だった。

 イスハルを長年苦しめてきたハルティアが滅ぶならば勝手にしろとも思っていた。

 だが……滅びるならば滅びるで、もっと迷惑をかけずに潔く滅べとも思う。


「どのみち、決着をつけなきゃならないか」


 それに心残りもあった。サンドール師と共に人生のほとんどをすごしたあの煌びやかな奴隷部屋。

 あの中には師と共に生産していた自動人形の骨格フレームも残されているし、専用の道具もある。書籍も膨大だが……筋としてあれらの本はハルティア王国の所有物だから残しておこう。


 あとは師の生き人形を火葬して。

 今度こそ、恩のある師を、しっかりとした形で葬式を行い、その魂の安息を願いたい。


 心残りをすべて片付ける事ができるなら、決して悪い話ではないだろう。

  


 


 7000対1000。

 常識で考えるなら獣氏族は勝ち目がない。

 しかし質という点で考えるなら、獣氏族はハルティアの雇い入れた傭兵部隊を完全に凌駕している。


 以前は獣氏族たちは木々や森、奇襲に向く地形を選定し、ヴァカデス王子のいる本陣を強襲する事で勝利をおさめた。

 ただ今回はさすがにハルティア側も奇襲攻撃を警戒し、斥候を平時の倍以上はなって監視を厳にすることでこれを防いでみせた。

 

 あとはただ、正面決戦のみである。

 ハルティアと獣氏族、その緩衝地帯に位置する大草原にて二つの軍は接敵する事となった。


「……ばらばらだな」


 1000の獣氏族の戦士達の中から敵陣を見据えてイスハルが呟いた。

 かつてハルティアに属していた時は同じ意匠の甲冑に身を包んだ騎士達が並び、その前方に自分が操る自動人形が隊列を組んでいたが。

 現在はあちこちからかき集めた傭兵たちが、それぞれ持ち込んだ武具に身を包んでいる。

 あれだけ強大で精強だった故郷の軍隊が、ずいぶんと寂れてしまったと思うと、いささか空しさも感じる。

 隣に立つレオノーラが呟いた。


「……騎兵部隊が、見当たりませんわね」

「騎馬は高い。コストが嵩みすぎて維持さえできなくなったか……?」

「あるいは別働隊として戦場を迂回し、こちらの喉笛を狙う機会をうかがっているのか」

「もしくは騎馬兵という札を伏せて、こちらの意識を警戒に割かせる手かな」


 レオノーラは機嫌よさげに笑う。周囲の状況を見て推測できる仲間の存在は楽しい。獣氏族の仲間はこのあたり、状況が起きてから考える人ばかりで軍略を練る愉しみはなかった。

 

「まあ、一応四方八方に地蜘蛛陣グランドネストは張り巡らせている。奇襲の際は警告しよう。

 それにしても……真っ向から来たな」

「ええ」


 共に兵書を学んだイスハルとレオノーラはこういう場合の定石も知っている。

 兵数が相手の倍以上ならば、軍を半分に分け、もう一体を大きく戦場を迂回させて包囲殲滅する。

 だが、今回相手は正面から力押しで来た。


「恐らくはハルティアの傭兵もこたびの戦には及び腰なのでしょうね」

「信頼できる指揮官がいないから……本陣においといて寝返りを封じるしかないのか」


 国家に忠誠を誓った騎士達はもうほとんど残っていまい。

 傭兵は信義が第一の商売だから裏切ることはないだろうが、わずかに残った貴族の私兵はその限りではなかった。

 疑心に満ちた敵はまるで砂上の楼閣のように思える。

 レオノーラは少し面白げに呟いた。


「信頼できる指揮官がいないのは……ジークリンデの腱鞘炎と引き換えに出した内通のお手紙が効いているのかもしれませんわね」

「ちょっとかわいそうだったなぁ」


 前準備として、ハルティア王国に残っている騎士が残っているならば、と調略の手紙を出しすぎて涙目になっているジークリンデを思い出し、イスハルはむぅ、と唸った。

 今回、彼女は前線にいる。


「敵、どう出ると思う?」

「傭兵団の寄り合い所帯なら高度な連携など望むべくもありませんわね、『糸伝令』でタイムラグなしの意思疎通が出来たならそれもありえたかもしれませんけど」

「ならば数に任せた正面突撃か」


 そのように会話を繰り返していると……敵陣から騎兵が一騎進み出てくる。


「一騎打ちかな」

「戦士の質で勝る獣氏族相手にそれはなさらないでしょう、罵戦でしょうね」


 相手の非を打ち鳴らし、自分達の主義主張を声高に訴え相手の降伏を迫る。

 恐らくは拡音の魔術あたりを使っているのだろう。遠く離れた獣氏族の本陣にまで声が響いてくる。


「我らが目的は、先の戦争における捕虜、イスハルの引渡しである! 我らは当時の身代金7000万リラを用意した、にもかかわらずこれを拒絶! 人道にもとる振る舞いに天誅を下すべく正義の軍を発した! 

 彼を大人しく引き渡すならば良し! 抗うならば武威でもって正義を示さん!」

「頼んでねぇよ」


 イスハルが不服げに吐き捨てる。

 そうこうしていると――最前列にいたジークリンデが、罵戦に出向こうとする獣氏族の論客を抑えて代わりに拡声の魔術で応じた。

 

「ヴァカデスは君主の器にあらず!」


 声が大きいだけではない、長年イスハルを苦しめてきたハルティア王国に対する私怨交じりの大音声であった。 


「先の戦にて真っ先に逃げ出し、全軍壊乱の危機を引き起こし、それを抑えた忠実な奴隷に厚く報いることもなく身代金支払いを拒んで見捨てた! のみならず、グレゴール王を王城の一室に押し込め、自我を毒物で奪い、王権を簒奪し私利私欲をほしいままにして、獣氏族、ハルティア王国の両国間の友情に致命的な破滅を招いたヴァカデスこそ諸悪の根源である!!

 今一度我が身を振り返ってみるがいい!!」


 ジークリンデの『王を王城の一室に押し込め』と『王権を簒奪し』のくだりはハルティアから流れてきた文官や騎士から伝え聞く情報を組み合わせた推論だ。

 もちろん、はっきりとした確証あっての言葉ではない。

 だが実際に不審な行動を取っているし、あの暗愚のヴァカデス王子ならばその程度の事はやりかねないと――悪い意味での信用があった。


 戸惑ったように舌戦の騎士が本陣へと振り返る。

 それが、代表として出てきた騎士が主君に抱える拭い難い不審の現われのようでもあった。


 突撃を命じる喇叭の合図が響き渡る。

 怒涛の勢いでこちらへと傭兵たちが突撃した。

 


 その山ほど向かってくる傭兵の群れに対して、獣氏族は大胆な手に出る。 

 全軍を500の部隊、寡兵を更に二つに分割し――敵正面に対してたった一人、ジークリンデが立ちはだかる形となった。

 彼女はにやり、と微笑みを浮かべると、自分が受け持つ千ほどの傭兵を見据える。


「さぁ、活躍の場が来たし、そろそろわたしも暴れてみせないとねぇ」

戦争が始まる前に罵り合いを『罵戦』とかどこかで読んだ気はするけど思い出せない。

ただまぁ『舌戦』だと普通に会議所で言い争いしてるようなイメージもするので、今回は『罵戦』を採用しています。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いよいよ開戦! しかし、なんか王国陣営の編成を見ていると「世知辛い」と言う感想が……w さてさて、ジークリンデ無双に期待しつつ、続きも楽しみにしていますー
[一言] ジークリンデの腱鞘炎・・・魔力繊維でフォローしてやればよかったのにw
[一言] イスハルも早く奴隷じゃなくなると良いよね~
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