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19/62

19:善性不変



「イスハル……試みに問うのですけど」

「うん」

「寝言翻訳機って作れますの?」



 レオノーラがそんなたわごとを言ってしまう程度には……使者のもたらした報告は訳分からなかった。

 だがさすがに戦争が起こるかもしれないと言われれば無視もできない。イスハルたち一行は協議を重ねている獣氏族の陣地へと赴くこととなった。

 なお、それに際して元騎士達も同行を願い出てくる。

 彼らはイスハルに家族を救われ、そのご恩返しにと、彼らの知りうる限りのハルティアの情報を提供する事を約束してくれた。

 それと共に……忠実な奴隷に報いぬ次期国王に失望したとはいえ、ハルティアは彼らの生まれ育った故郷。気にはなっていたのだろう。



「レオノーラ、イスハル、あとオマケのジークリンデ。お招きにより推参いたしました。お話を伺いますわね」

「ああ。よう来てくれた」


 獣氏族の族長たちは椅子やテーブルの習慣よりも、敷物に腰掛けて円陣を組んで会議する。

 イスハルはなれた動きで前に座るレオノーラの後ろに回ると、丁寧に会釈して腰を下ろした。

 壮年の男性が重々しく口を開く。


「ハルティア王国から、レオノーラ嬢の奴隷、イスハルの身代金支払いと身柄の引渡し要請が来た。我々はそれを拒絶したが、彼らは直後に戦争をちらつかせて譲歩を迫っている」

「識者レオノーラ、正直な話を言おう。

 我らは全員……困惑している。訳が分からない。彼らは何を考えている?」


<獅子><狼><熊>の戦闘種族以外の獣人もちらほら見える。

 全員が回答を欲するようにレオノーラを見た。誰もが体から不安と困惑のにおいを発している。


「我らもハルティア王国が自動人形の使用不能に陥ったという報告は聞いている。今や我ら獣氏族とハルティア王国との戦力差は逆転した。今後は彼らも無闇に国境線を侵さず大人しくするだろう――と思ったところにこれだ。

 相手はおおよそ7000近くの兵力を要しているとのことだ」


 へぇ、とイスハルは呆れと驚きの入り混じった声を漏らした。

 あの国は騎士団の精強さと自動人形の能力に頼る、少数精鋭を基本としている。

 自動人形は食事も水も必要もしないから兵站にそれほど負荷がかからないからだ。そのハルティア王国で7000もの兵を運用するとなると……よくできたな、と感心する。


「こちらの即応できる戦力はおいくら?」

「1000だ。これ以上は無理だぞ」

「あらそう。……どのみち楽な戦になりそうですわね」


 族長たちはレオノーラが事も無げに言い放った言葉にざわざわとざわめく。

 彼らは不安なのだ――自動人形を使えずこれまでよりずっと不利なはずのハルティアが、どうしてここまで強気に出るのか。自動人形に長年苦しめられただけあって、何か新しい奥の手でも隠し持っているのではないか、と疑念を隠せないでいる。

 

 レオノーラは一族の、相手の内情を知ることも「弱者の戦い方」と考えるところが本当に馬鹿馬鹿しくていやだった。


「それは、どういう事だ? 我らは楽に勝てるのか?」

「……恐らくは。わたくしの考えを補強するために情報がもっと欲しいですわね。……ハルティアからの亡命者、それなりに確保してらっしゃるでしょう? その中で出来るだけ高位の文官を連れてきてくださる?」


 彼女は、ハルティアの内情をおおよそ読みきっていた。

 グレゴール王は冷酷で人の心が分からないが、馬鹿ではない。自動人形なしで獣氏族と戦って勝てるとは思っていない。

 なら政変が起こり、指導者層が刷新したと見るべきか。




「はい……グレゴール王の代わりにヴァカデス王子が政権を握っています。

 ……わたしですか? ……わたしはヴァカデス王子がイスハルどのの身代金支払いを拒んだことをグレゴール王に伝えて、10分の1刑を実行するきっかけを作りましたからね。

 あの王子のことです。ふと思い出したひょうしに私を縛り首にするような主君に仕えるのは、御免こうむりたかったのですよ」


 連れてこられた文官がすべての状況を明かしてくれた。

 ざわざわと天幕の中で族長たちや指揮官に当たる獣人たちが騒いでいる。

 知識や技術に対して理解の低い獣人たちは完全な実力主義、あるいは腕力主義というべきものばかりであり、強いものより弱いものが指導者となる事が根本的に理解しがたいのだろう。


「……相手の指揮官が弱くなった。それは分かった。では、勝てるという根拠を聞きたい」


 戦闘氏族の中でも<狼>の族長は、レオノーラに対しても友好的に振舞ってくれた。

 会話のきっかけを差し向けてきたことに軽く会釈しながら、レオノーラは口を開いた。



「そもそも、我々は彼らの挑戦を受ける必要さえありませんわね」


 この地方一帯の地図を開く。

 ハルティア王国によって蚕食された獣氏族の平原。それを越えた先にはイスハルたちが先日までいた地方都市ドトレーがある。<聡耳>氏族のものが少数の人間と協力して築いた都市などには相応の距離があった。


「ハルティア王国の主産業は自動人形を利用した大規模農耕と魔力繊維マナファイバーの国外輸出。

 ですが、彼らは自動人形を起動不可能に陥った事で、国家の大黒柱を失いましたわね。あとはハルティアにどの程度の金が残っているかに寄りますけど……ありていに申せば、底の抜けた船ですわね。

 食料を買い付ける金、傭兵を雇い続ける金……その辺どうなのかしら、ジークリンデ」


 これまで後ろに控えていたジークリンデは少し面倒そうにしながらも頷いた。


「魔力繊維を失った事により、彼らは収入激減と違約金の支払いで大損した事は確実だ。

 ……ああもう、言っちゃって良いかな、レオノーラ」


 ジークリンデの言葉にレオノーラは、ま、仕方ありませんわね、と答える。


「……そこにいるイスハルを取り戻せば、ハルティアはまた自動人形を使えると、そう思い込んでいる」


 もちろん、イスハルが自動人形を一から設計する事も、魔力繊維マナファイバーを生産できる事も言う必要は無い。

 獣人氏族にも悪心を抱えた奴がいるかもしれないからだ。


「彼らは収入を失い、最後の金を用いてイスハルを取り戻すための無茶を試みていますが……我らはそれと戦う必要はありませんわよ。

 一ヶ月。正面決戦を避けます。ついでに<狼>氏族の夜目が利く方にも手伝ってもらって補給線を潰して回りましょう。

 さすれば食料備蓄を食いつくし、傭兵に支払う金さえも尽き果て、彼らは自壊いたします」


 消極的すぎる――といいたげな視線が突き刺さるが、レオノーラは気にしていない。

 彼らが1000対7000という戦力差に怖気づいているなら、そもそも戦わずに済ませる戦術を選んだまでだ。だが、どちらかというなら――。


「獣氏族のお歴々方、発言の許可をいただきたい」


 そう思ったレオノーラの後ろで……イスハルが挙手し、すっくと立ち上がる。

 族長たちはどっしりと構えたまま、興味深げな観察の眼差しを向け。血気盛んな戦闘種族の若者たちは胡乱げな視線を放つ。

 原因はイスハルの首輪、どうして奴隷風情が発言の許可を求めるのだ、と彼のことを軽んじていることがはっきりとわかる。一人が怒鳴った。


「たかだか奴隷風情がなんの権利があってくちばしを挟む! 大人しく……」

「権利はある」


 だがイスハルは、並みの男ならば怯むような<獅子>の男の怒声に真っ向から立ち向かい、静かに答えた。

 奴隷という身分で、自分の人生の道行きを決める権利を持たなかったイスハルは、こんな大勢の人生を左右する意見を発する機会が来るなんて思ってもみなかった。

 けれど、ジークリンデは穏やかに微笑み。レオノーラも後押しするように頷いている。


「彼らハルティアが要求しているのは、俺だ。イスハルだ。ならば……自分の人生が関わるこの大一番、声を大にしていいたい事がある」


 レオノーラの意見は正しい。

 正面決戦する必要などない。そうすれば獣氏族は一滴の血を流す必要もなく、ハルティアが滅ぶ様を見物できる。


 だが。

 財を失い、空腹を抱えた傭兵たちはその後確実にハルティアの民衆に牙を剥くだろう。

 こういう状況で一番真っ先に被害に遭うのは女子供だ。


 それは。

 おかしいじゃないか。

 ハルティアでもっとも真っ先に罰されるべきはヴァカデス、グレゴール王、その取り巻きの貴族であるべきだ。

 ならば。

 あの国にいるであろう、自分にお礼を言ってくれた可愛らしい女の子のような、小さな子供が真っ先に外道どもの毒牙にかかるなんて……それは、絶対に――間違っている。




 レオノーラは、主人である自分の意見に真っ向から反論するイスハルに、喜びと感動を覚えた。

 自分の意志を伝え現すことが許されなかった長年の奴隷生活でさえ、サンドール師とのふれあいの中で育んだ善性を掻き消すことはできなかった。


 自分の提案は短期間での損害を減らすだけならば――理に叶っているが、それは王道ではない下の下の策。

 だが本命の意見を言う前に、イスハルは自らの思考と善性でもう一つの答えに達している。


 彼の身より香る、良心と善意のにおいにぞくりと背を震わせながら、意見を述べるために前に進み出るイスハルと入れ替わりにレオノーラは後ろに下がる。

 赤らんだ顔と震える背筋に体調不良かといぶかしんだジークリンデが尋ねた。


「珍しく風邪かい?」

「いいえ」


 ただ、イスハルといたしたくなっただけだ。

 もちろん、言わなかったが。

先日は書き溜めきれと時間が足りず更新できませんでした。

毎日更新は目指しているけど無理なことがあるかもしれませんので、更新してなかったらそういうことだとご理解ください。


専業になりたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 匂いがわかることは心がわかることだ。焦り、悲しみ、驚き、体調までが手に取るようにわかることは、心が丸裸なのと同じ…という本のくだりを思い出しました。 獣たちに知恵がついたら、人間なんか戦争…
[一言] そもそも更新してくださることがありがたいです。
[良い点] 弱き民にしわ寄せがいくことを見過ごせないとは……甘い、甘いと言わざるを得ない が……その甘さ、嫌いじゃないぜ?(ニヒルな笑み
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