17寂寥の親子(王国視点)
「このヴァカデスの第一の施策。
それは父の犯した過ちである騎士に対する三倍の給金を元に戻し。さらに給金の半分にするものであーる!」
「おお……すばらしい!」
「さすが殿下! 我々の事を第一に考えた素晴らしい施策です!」
玉座に王を据え、高らかに宣言するヴァカデス王子は得意の絶頂にあった。
父親から見放されたも同然で、友人を撲殺した悪夢に苛まれる暗い日々も、大勢の貴族たちからの賞賛を受ける栄光の光が掻き消してくれるようだった。
彼が具体的に新しい施策を考えたわけではない。
単純に、イスハルを失い、自動人形という無償の労働力を失う以前の施策に戻しているだけのことだ。
それだけで大勢が褒め称えてくれる。騎士の給金を元に戻し、さらに以前のものよりも半分にする。そんな施策だって大勢が喜ぶから間違っていない。
……もっともヴァカデスが認識できる大勢とは王宮に入れる貴族だけであり、彼には王宮の外に貴族よりもっと大勢の民衆がいるということを想像する能力が致命的に欠けていた。
ヴァカデス王子としてはこれでも公平にしているつもりだ。
騎士の給料を三倍にしていたのだから、奴らは不当にもうけている。ならば以後の給料を半分に減らしてちょうど釣り合いが取れている。
だが、もしこの施策を給料を減らされる当の騎士たちが聞けばあきれ果てるか、反乱を起こすか、二つに一つだろう。
自動人形が使えず、同僚も減って人手が足りなくなり、過酷な労働環境に騎士達が耐えているのは、グレゴール王によって三倍に増した給料が一時不満を飲み込むほどに魅力的だからだ。
この場に騎士達を統括する将軍がいないわけではない。
しかし貴族としての家柄で将軍となった男で、尻で椅子を磨くだけであり現場など一度も行ったことがない。
反面、実務を担当する副官の顔色は青ざめて、何かの重病を疑うほどであったが、ここはいわねばならぬとよろよろと前に出た。
「へ……殿下?! お待ちください! 騎士達が数を減らし自動人形も動かぬ今、歯を食いしばって耐えてくれているのは多額の給料を払っているからです!」
だが、皆が賞賛する中、水を差すような発言をする副官にヴァカデスは冷たい一瞥を向ける。
「……何を馬鹿げたことをいう。自動人形が動かなくなった事は聞いているが、今現在もわが国は十分回っているではないか」
「それは傭兵を集めて騎士に多額の給金を与え、過酷な労働に耐えさせているからで……!」
まるで物の道理を知らない馬鹿に言い聞かせるような手ごたえのなさ、徒労感。
「もうよいっ! だいいちどうして騎士達が数を減らしたのだ。そのような役立たずがいなくてかえってせいせいしたではないか」
(それはお前が)
(忠実な奴隷の身代金の支払いを拒んで)
(騎士達に剣をささげる価値なしと見限られたからだろうが)
「…………」
副官はがっくりと項垂れ、何も言い返せないでいる。
何が原因なのかなど分かりきっていた。だが……ヴァカデス王子が、この事態はお前の馬鹿さ加減が引き起こしたのだと耳に刺さる諫言を受けて聞き入れるだろうか。
そんな訳がない。きっと王子侮辱罪などという聞いた事もないような適当な罪をでっち上げて処刑するだろう。
このハルティア王国で高い地位に就き、愛着もあったからこそ、この苦境を乗り越えれば、と信じていた副官は、この時心に決めた。
もう駄目だ。
逃げよう。
玉座に腰をすえるグレゴール王と、彼から執政の全権委任を受けたヴァカデスの政治はすべてを過去に戻すものだった。
副官の男と同じく現実を見据える目を持つ貴族もいるにはいたが……彼らは一様に葬式に出席しているのかと思うほど鎮痛な顔をしている。
彼らは、貴族たちが王宮の中で陰鬱な権力争いをしている間に現実を目の当たりにしていた。
自動人形の使用不可能と騎士の人手不足、治安維持に携わる外注の傭兵たちの粗暴な振る舞いへの不満を肌で感じている。
だからこそ、現実を知らず、自分を支持する貴族達の操り人形となったヴァカデスに、亡国の始まりを見た。
この愚行を止められるのは玉座に腰掛けるグレゴール王のみであるが、先ほどから王は一言も発さない。
真っ当な判断力を持った貴族たちは王の身に何かあったのか、察してはいても愚王子の無情さを恐れて何もいえず。
誰も破滅を止められなかった。
グレゴール王は薬物で萎える体と、言葉を発せぬ口に激しい絶望を感じていた。
まるで精神を肉体に幽閉されたようだ。
それでいて息子が絶望的なまでに悪手の政治を取り続けてる姿に口をだすことさえできない。
これまでのハルティア王国は船底に大穴の開いた船だった。
それを金の力で浸水する大穴を無理やり押さえ込み、イスハルと言う名の大船が到着するまでの時間稼ぎをしていた。
だが今は……グレゴール王をマストに縛り付けて船底にあいた大穴を埋めるための金で宴会をしているようなもの。馬鹿が馬鹿ゆえに破滅するのは勝手だが、このハルティアという船を作ったのはグレゴール王なのに。
「それでは陛下……ごゆっくりどうぞ」
あまりにも惨めだった。
グレゴール王は会議が終わると騎士数名に腕を掴まれて、この世でもっとも煌びやかな牢獄の中へと放り出される。
今まで人生の全てを賭けて豊かにしてきたハルティアという名の絵画に、馬鹿な餓鬼がめちゃくちゃな色をぶちまけて台無しにしている。なのに止める手立てがない。
「ァ……ァ……」
ろくな声が出せないグレゴール王は……机に並べられた美食にも目を向けない。
舌を切り落とされ、味蕾をなくした王にとっては、どれほど贅を尽くした山海の珍味であろうとも砂を食んだような感触しかない。
両手の指を切り落とされた王の食事を介助する奴隷もいたが……彼も舌を抜かれた文盲の男であり、自分の意志を他者に伝える術を持たない。
こんな最底辺の奴隷と同じ境遇なのだと思うと、いっそうみじめさが際立つ。
「ァ……ァ……」
歯をかみしめ、まだだ、と気を高ぶらせる。
もし切り落とされた舌と指を治すすべがなかったら、さすがに彼も絶望していたかもしれない。
だが、この世には治癒魔術が存在する。
四肢の欠損さえ修復できる高位のそれならば、グレゴール王はもう一度食事を楽しみ、言葉を発し、証書にサインする能力だって取り戻せる。
掠れたような声をあげながら、グレゴール王は寝室に向かおうとして……そこで通路の端に転がっているものに気づいた。
「……ァ?」
サンドールの外観に瓜二つの人形――その転がっている頭部だった。
奴隷たちもここを清掃しているが、あまりに人間と似すぎて気味悪がり、手をつけなかったのだ。
グレゴール王はサンドール人形の頭部を抱えてのぞき込む。
その顔は、生前と変わらず、イスハルに向けた慈父の微笑を浮かべている。
「グ……!」
だが……グレゴール王にとって、誰もが穏やかで優し気だと感じる微笑を、自分に対する嘲笑の笑みのように感じた。
今、自分がこのようなみじめな状況に陥っているのは、余をたばかったきさまのせいだ、そんな身勝手な激怒が腹の底から湧き上がってくる。
言葉を発する機能を奪われ、美食に舌鼓を打つための舌を失い、自由を、尊厳をはく奪されている。いかに余とてここまでのことをされることをしたのか、と怒鳴り散らしたくなる。
「お……ァ」
だが……グレゴール王はサンドールの人形の穏やかな笑みを見ているうちに、どうしようもないほどのむなしさ、寂寥感を感じた。
サンドールを牢獄に閉じ込め、自由を与えず飼い殺しにしてきた。
解放奴隷という夢さえ与えなかった。
なのに。
サンドールめは、自分の死を偽装する人形にこうも穏やかで優しげな顔を遺して死んだのだ。
この笑みを向けている相手は、きっと息子がわりのイスハルに対してだろう。
監禁され、自由を奪われ、呻き声をあげてここから出せと戸を叩き続けても……それが省みられないこの部屋の中で、奴はこのような穏やかな顔を浮かべることができたのか。
きっとイスハルとは、素晴らしく良好な関係を築いていたのだろう。
ひるがえって自分はどうだ? いったいなんだ?
こやつらは社会の最底辺、奴隷という身分であるが、信頼する親子関係を持っている。
それに対してヴァカデスは父である自分の指と舌を切り落とし、監禁するという凶行に出た。
グレゴール王の目的はこの部屋を脱出し、再び権力を取り戻すことだ。
当然ながら一線を越えたヴァカデスを生かすつもりはない。奴を殺害し、舌と指を取り戻し、イスハルを手中に収めて国を立て直す。
だが我が子との関係の、あまりの最悪さに、さすがの王も心に寒々しいものを感じずにはいられなかった。
最底辺の奴隷でさえ、信頼し合う親子関係を築けたのに。
王たる余は、我が子と殺し殺される殺伐とした絆しか持っていない。
人生を振り返り……王たる我が身は物質的に恵まれていても、心は、絆は、奴隷にも劣る貧しきものしか持っていなかったと気づいてしまった。
グレゴール王は涙を流した。
彼に唯一残された感情を表すすべだった。
書き溜めきれました!
一応毎日更新を目指してはいますが、今後は更新が二日おきになるかもしれません。ご了承ください。
……朝の仕事はじめに駐車場に車止めようとしたらパンクした……。
うう、修理代飛んだ。ガチャ何回引けたかと思うととても悔しい……。




