16:因果応報(王国視点)
数話ほど王国視点が続く予定です。
「……イスハルめはまだ見つからぬか」
「はい」
減り続ける国庫の資産。まるで金庫の底に穴が開いて、資産が水のように漏れ出ているかのような赤字報告。
グレゴール王はきりきりと胃が痛むのを自覚していた。
配下の騎士の表情も思わしくはない。これでも八方手を尽くしてやってはいるものの、何せ彼らが向かったのは獣氏族の勢力圏内。密偵を放ってはいるものの……においで相手の善悪を探ったり、嘘を暴かれたりしてしまう。人間にはない発達した五感などというもの相手に秘かに行動するなど困難を極めているのだ。
王は忌々しげに酒瓶を煽る。酒量は増え、心労は重なる一方。
自動人形が動かなくなり、増えそうになる暴動。押さえ込むために給料を3倍にした騎士達に過酷な勤務体系を押しつけ、どうにか平静を保っている状態だ。
「会議所ではまだ馬鹿が意味のない愚痴ばかり……真の意味でこの国を救えるのは余しかおらぬ」
家臣からの意見具申を受けはするが、王はそれを愚にもつかぬと目を通していない。
事実、役に立たない意見ばかりで聞く耳を持つ必要もない。
だが……王は人の心に対して不理解すぎて。
何度意見具申されても無視する自分から、人心が離れているとは気付かなかった。
「陛下。失礼致します」
「なんだ……」
ゆっくりと執務室に入ってくる騎士達と、彼らを引き連れてきた数名の貴族たち。彼らは即座に部屋にかんぬきをかける。まるで誰も逃がさないというように。
どう考えても穏やかに話し合いに来た風ではない。
「何用だ」
「陛下。……最近の陛下のなさりかたはあまりに目に余る。騎士どもの給料を上げたにも関わらず、我ら貴族に対して新たに課税をなさるという。あまりに不公平、あまりに理不尽。よって陛下にはこの国の舵取りからは降りていただく」
「はぁ?」
グレゴール王は心の底から意味が分からないと唸り声をあげた。
「馬鹿かお前。国が沈もうとしている時に何をのんきな」
「国が沈むなど、随分大げさですね、父上」
連中の一番後ろにいたらしいそのきざったらしい声……今まで室内に閉じこもっているだけだったヴァカデス王子がいた。
ただしその両眼は幽鬼めいて落ち窪み、秀麗だった容姿はすっかりやせ細って歩く骸骨めいていた。報告で昼夜を問わず撲殺した友人の幻覚に悩まされていたと聞いたが本当なのだろう。
「もう一度いうぞ、お前たちは馬鹿だ。この国が今まさに滅ぼうとしているのがわからんか! イスハルを取り戻さねば自動人形で成り立つこの国は……!」
「イスハル、思えばあの男が元凶ではありませんか! 人形が使い物にならなくなったのも、私があのような非道な刑を受けたのも……すべてあやつのせいです! 今度こそ奴にはしかるべき罰を与えてやらねばっ!」
まるでイスハルという名前が自分の人生を滅茶苦茶にした呪わしい言葉のように目を怒らせ叫びだす。
常軌を逸した息子の狂態に唖然とするグレゴール王だが、すぐさま怒鳴り返した。
「……余を降ろしてヴァカデスをすえるつもりか! 馬鹿共、そんな事をすればこの国の破滅は加速するぞ! いいからひっこんでおれ、お前達馬鹿はなんの役にも立たん!」
「……陛下は随分家臣を愚弄しておいでだ」
貴族たちが顔に青筋を立て、騎士らに王を抑えさせる。
グレゴール王の見立ては間違えてはいなかった。国内の貴族は私利私欲を貪ることしか頭になく、イスハルを取り戻すまでの間、大金を湯水の如く使って騎士達に激務を負わせている意味がまるで分かっていない。
だが、貴族たちはグレゴール王の言葉の意味がわからない馬鹿なので、自分達が馬鹿にされているとしか感じられなかった。
彼らにしてみれば、騎士たちは民衆どもの不満を押さえ込めている。
今の段階で国は上手く回っているのに、どうして理不尽な増税などをするのか。
金が足らなければ民衆への税金を増やして搾り取ればいい。
不満がたまるなら騎士たちに圧力をかけさせればいい――簡単にいえば、彼らは皆、金など払いたくないだけだった。
「余を押し込めるつもりか! ヴァカデス! お前に貴族どもがついてくると思うか!」
「ひどいことをいいますね、父上……お、おい、やれ」
「殿下、これより先は我々に」
「あ、ああ」
騎士達が王へと近寄り、肩をがっちり抑えて跪かせた。
見下ろされる無礼に怒りを覚えるが、騎士が持ち出した短刀に思わず青ざめる。傲岸不遜なグレゴール王も白刃の冷たさは恐ろしい。
「反逆者め……殺すつもりか! だがヴァカデスが王になったところで他の貴族がついて来ると思うな!」
「……それはまぁ確かに。ですがご心配なく。手は打っております」
騎士が王の口に指を突っ込んだ。無理やり開けさせた口へと刃が迫る。
恐怖で目を見開く王に、首謀者の貴族が言う。
「ヴァカデス殿下に執政を取らせ、グレゴール陛下には玉座にて見守る、という形を取ります。
ヴァカデス殿下に全てを信頼し任せていただいている……そういう風にするのですよ。陛下がヴァカデス王子の政務に口出しせず沈黙しているならこれは陛下もお認めになった施策なのだ――そう考える貴族ばかりでしょう。
……もちろん陛下には余計な口出しをせぬように、薬で体を麻痺させ、舌を切り落とさせていただきますが」
「ぐ、ぐあああぁあぁっ?!!」
恐怖のあまり身をよじる王だが、周りの騎士達に抗うすべもない。冷ややかな刃の冷たさが口内にすべりこみ――。
「喉を詰まらせぬように気をつけるのだぞ。
……ああ。
念のため、筆談もできぬように指も全部落としておけ」
くぐもった苦痛の絶叫は、王の執務室以外のどこにも届くことはなかった。
「……滞りなく処理はすみました。
今は気絶なさっていますが、命に別状はありません」
「ああ。ご苦労」
「それで、陛下のお体はどこに隠しますか? 玉座に座っているだけなら陛下に舌と指がないことも悟られぬでしょうが、日常生活を行い、なおかつ秘密を守れる場所となりますと、なかなか……」
首謀者の貴族はその言葉に考える。
王宮から外に出さず、外部への脱出を禁じやすいような牢獄――そんな都合のいい部屋があったかと記憶を探り……ぽん、と手を打った。
「ああ、そうだ。あそこがいい。部屋の内装は貴賓が扱うに相応しい格式だ」
……これは何の因果だろうか。
こうしてイスハルとサンドールに給料を支払わず永遠に飼い殺しをするつもりだったグレゴール王は。
今度は自分が両手の指と舌を落とされ、誰かに意志を伝えることさえできない体にされて――。
「陛下は奴隷部屋に連れ込んでおけ」
自由以外のすべてが揃った、この世でもっとも煌びやかな牢獄に、今度は自分が閉じ込められる事となった。




