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11:狩りのはじめ

「……このドトレー程度の規模の都市じゃ魔獣の皮は見つからなかったが、ま、そこは想定の範疇というものだ」


 ジークリンデは宿に戻ってきた際に、まったく気落ちした様子も見せずにそう伝えた。

 とはいえ、大いに予想されたことである。あれば儲けもの程度で最初から期待はしていない。

 一行は、そのまま宿にて過ごした。

 イスハルは自分の身分は奴隷なので最初は廊下の隅か、あるいは連れてきた馬と一緒に寝ようと思ったが……レオノーラとジークリンデの二人はこれに対して共同戦線を張って絶対ダメと拒絶した。

 仕方ない話である。

 なにせレオノーラは宿に泊まる前に、イスハルを誘拐するかも知れない騎士数名を確認している。彼を一人にするなど絶対に受け入れられなかった。


 だが、彼を不安にさせないために『狙われている』という事実を隠したまま同じ部屋の中、三人で川の字(イスハルのポジションは真ん中)になって寝ることとなった。

 


 イスハルはなんだかドキドキしながらも目を覚まし、魔獣狩りの準備を行い出発の準備を整える。

 目的は暴走猪スタンビードボア

 強靭な外皮と、制止不能と言われる突撃力を有した魔獣を獲物として狙い定めることになった。





「昨日の晩、海の魚が出てきたね」


 三人は宿に馬車の預かり金を渡して街の郊外に出る。

 ……あの騎士達が仕掛けてくるならいつだろう。彼らもレオノーラが手練だと知っているはず。ありえるなら狩りを終え、疲労を抱えて帰還したタイミングだろうか。

 自動人形は馬車の中に残して移動中、イスハルは記憶に新しい食事の味を思い出していた。

 イスハルは身分こそ奴隷ではあったが、実は下手な貴族より舌が肥えている。

 ただ……元々山間の小国であったハルティア育ちのため、魚類を食べた事はあっても加工品か、川魚ばかり。だからこれまで食卓に上がったことのない魚は珍しかった。


「そろそろ海岸も近くなるからね。海に出たら、出国と……そこでしか食べられないものもあればいいけど」

「二人とも。あんまり気を抜かないでくださいまし。イスハル、大丈夫?」

 

 レオノーラが嗜めたあと、イスハルに気遣いの言葉をかける。


「問題ないよ。……むしろ気分がいいぐらいだ」


 イスハルは周囲を見回した。

 視線を彼方に向ければ山稜の緑が見え、山頂付近ではいまだに雪の白色が残り、川の水色となって伸びている。

 四方を取り囲む壁はなく、自由を束縛する枷も鍵もない。両足を進めればどこにでも行くことができる――これが自由なのだと思うと自然と心は沸き立つし、その高揚感がイスハルの体に常ならぬ活力を与えていた。

 

「わかりました。けれども疲れを感じたら早めに仰ってくださいまし」

「そうだね、イスハルの負担にならないうちに早めに獲物を探そう」


 ジークリンデが都市で用意した近隣の地図を広げる。

 暴走猪は魔獣であるが、その特性は猪に準ずる。食料は雑食。植物も生物もお構い無しに捕食するが、体表の寄生虫を泥浴びで落とす性質は変わらない。沼地の大まかな位置はチェックしている。


「これで時間が十分なら、冒険者ギルドに依頼して納品を待てばいいんだが」

「仕方ありませんわよ、イスハル。王国からの追っ手が来る可能性を鑑みると……わたくしたち自身で狩るのが一番手っ取りばやく確実ですわよ」

「ああ。始めようか」


 イスハルはそのまま膝を突き、両腕を地面に押し付けた。


「広がれ。地蜘蛛陣グランドネスト」 


 その言葉と共に――彼を中心に魔力糸が一気に四方八方へと地面を伝って広がっていく。

 イスハルは両眼を閉じ、糸を介して感知する振動への理解へと意識を集中した。


 師、サンドールより教えられ、獣氏族との撤退戦で大いに役に立った感知魔術『地蜘蛛陣グランドネスト』。

 ……この魔術の原型は地蜘蛛。地面に沿って巣を張り巡らせ、糸に触れた獲物を振動で検知して瞬時に捕食してしまう。そんな肉食獣の生態を参考にして設計された魔力糸の陣は実に平均的な都市間ほどの距離を瞬時に走査する。


「……イスハルはすごいね」

「そうかな」


 比べる基準を持たない彼は、ジークリンデの言葉に首を傾げた。

 常人ならば脳が焼ききれるかと思う過負荷でさえ、平気な顔をして感知してのけている。どれほどの間、脳を酷使し続ければこんな離れ業を可能とするのか。


「……わたくしたち、よく勝てましたわね、本当に」


 魔術に関しては不得手なレオノーラは一歩はなれた場所で呟いた。

 今考えてもよく勝てたものだと、内心慄然とする。

 広域の振動を検知して位置を正確に割り出してくる。イスハルが『糸伝令』での通信者としての仕事だけではなく、最初から『地蜘蛛陣グランドネスト』を使用して索敵を行えば勝ち目などなかっただろう。

 ハルティア王国がイスハルの忠誠心を勝ち得ていたなら、己の索敵能力を自分から申告していただろうが……幸い、そうではなかった。だからこそ、勝てた。戦争においても生産においても無敵と言える能力のイスハル。

 恩賞代わりに彼の主人になったレオノーラだが、もし彼の能力を正確に鑑定できる人がいたらどれだけのゼロをつけるのか。

 イスハルが検知し、言う。


「感知対象は体重は300キロ前後の四足歩行生物。周辺に人間の足音がない目標を選定……捕捉。ジークリンデ。どう仕留めようか」

「……ふむ。やはり接近する必要があるね」


 ジークリンデは頷いた。

 彼女の魔術はイスハルの『地蜘蛛陣グランドネスト』と魔力糸による感覚のリンクを併用すれば、大まかな位置を振動で検知し、目視射程外からの遠距離砲撃が可能だ。

 相手を殺傷するだけが目的なら、位置に適当にアタリをつけて絨毯爆撃すればいいが……しかし今回は魔獣の皮が目的なので、それは不許可だ。


「イスハル、暴走猪の進む先はどこか分かりますの? 地図で教えてくださる?」

「ここと。ここ……おや、この位置は」

「沼田場を目指しているのかもしれませんわね。先回りできるかも」


 事前に情報を集めていたおかげで、行き先らしき場所も探ることができる。

 先回りして罠を仕掛け、奇襲のため身を潜める場所を選定できるかもしれない。


「さ、それじゃ狩りを始めるか」


俺……いつか書籍化できたらここの宿泊シーンをじっくりねっとり書くんだ……( ^ω^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった [一言] あとがきにつられて評価ブクマしました 書籍化期待してます(´▽`)
[良い点] 無邪気なイスハル君と、「守りたい、この笑顔」なヒロイン二人の対比が良いですw
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