それが最後の言葉 1
散歩の途中だった。
星空の下、街の中心にある広場に立っていた。空を見上げると、雲が流れているのが見えた。
そこへ、ふわっと風が起こり、悪魔が来たことがわかった。
見ることができて嬉しいはずの顔なのに。もやもやとした気持ちが巻き起こる。
この悪魔が目の前に現れる時は、何か用事がある時だ。それも、あまりいい予感はしない。
何でもない日ならいいのに。何もない日に会いたい。ただ、理由もなく会いたい。
悪魔が地面に降り立つ。目の前に降りてきたことで、背後ではなく、話しやすい位置に降りて来てくれたことがわかった。
獣の頭蓋骨のような頭を見る。
ああ、こんな日がずっと続けばいいのに。
ずっと一緒に居られたならいいのに。
けれど、そんな想いとは裏腹に、悪魔は静かにこう言った。
「狼がほとんどいなくなった。全て倒せるわけではないけど、そろそろ森を抜けられる。少ないうちに抜ければ、問題なく抜けられる」
「…………」
時が、来てしまった。ここから出て行かなくては。
「そ……そうなの……」
まともに顔が見られずに、視線をそらした。
私がこの場所から立たなくては。エルリックと共に進まなくては。……このままじゃ、私が進めない。ずっとここには、いられない。
でも……そうすることでこの悪魔とも、これでお別れになってしまう。
涙がこみあげて来る。泣いてはだめだ。
泣きたいわけじゃない。
「こ……ここを出たら…………街にいた人達も……探してみようかと思うの……」
悪魔の顔をこっそりと見上げる。何かが読み取れるわけじゃないその顔。
「……見つかるといいね」
泣いてはだめだ。
「あの……っ」
泣いてはだめだ。
何か言わないと。
でも、なんて言えばいいんだろう。
一緒に居たいと言ってはだめだろうか。
ついて来てと言ったらついて来てはくれないだろうか。
待っていてと言ったら、待っていてくれるだろうか。
「…………っ」
……これで最後なのに。
何か言おうとして、悪魔を求めてふらふらしていた手を、悪魔の大きな手が優しく掴んだ。
「……マリィ、……君は…………」
「…………」
そのまま悪魔は、じっとマリィのことを見た。
向かい合う。悪魔の顔が目の前に、いつもよりも近くに見えた。
目の前が歪んで、唇が震えた。
そうしたまま、かなりの時間が過ぎる。
これはどういう意味なんだろう。悪魔の頭は、色も表情もなく、読み取れることは何もない。
「…………君に、贈り物を」
ふいに、悪魔がそう言った。
「…………」
贈り物。
その言葉は、やはりこれでお別れなのだということを突きつける言葉だった。
悪魔がさらに一歩近づいてきて、軽く抱きしめられる。頭を撫でられる。
「…………っ」
こんな場面になっても、舞い上がってしまうなんて。
何かおまじないのようなものだろうか。最後の挨拶のようなものだろうか。
そして、悪魔はこう言った。
「僕はちょっと……ずるいんだ」