狼の声 1
エルリックのそばにいた。
いつものように、床で眠っていた。起き上がって、じっとエルリックを見た。
眠っている。息をしている。手も暖かいのに。
ずっと見ていると、鐘の音が鳴り響く。
ひざまずいて手を握る。いつまでも、開くことのない目。すがりつくように覗き込んだ。
「エルリック」
皆を守ろうとして、魔女の呪いを受けてしまった人。
「こんなことになってしまって。私しかいないから。私、あなたを起こすために、頑張る、から」
窓の外は、曇り空だ。雲がいっぱいの夜空。
「…………」
言ってしまってから違和感に気づく。
違う。こんな感情で起きて欲しいんじゃない。責任感なんかじゃ、ない。
私は、エルリックが好きだから。
「だ……」
“だいすき”と言いかけて、喉が詰まる。どうして。
こんなのおかしい。私は、エルリックと一緒にいたくて。そばにいて欲しくて。だから起こそうってあんなに必死だったはずなのに。
もちろん、起きて欲しい気持ちは変わったりしない。だって、大事な人だもの。幼なじみで、仲良しで、いつも優しくて、私と結婚しようと言ってくれた人。
今度は私が助けたい。
それなのに。あの気持ちはどこに行ってしまったんだろう。
エルリックの顔を見る。長い睫毛がランプの明かりに照らされてキラキラと揺れている。まるで妖精のような、とても綺麗な人。
それなのに。
手を強く握っていると、ふと、気持ちが離れかけているような気がした。
「こんなの、だめ」
立ち上がって、エルリックを見下ろした。
「エルリック」
泣きそうになる。
「行ってくるね」
青い花を、探さなくては。
ランタンをぶら下げると、マリィは屋敷を出て行った。
夜の街を行く。
この街から、出るのはどうだろう。このままだと狼に襲われてしまうだろうけれど、もし、鎧を着ていたとしたら?この街には兵士がいないので、そんなもの何処にでもあるわけではないけれど。
商店街を見回す。
お店に売っているようなものではない……。けれど、街の反対側の工房はどうだろう。
マリィは街を抜け、草むらまでやって来た。工房は街の中心地からは離れたところにあり、まわりは草むらになっている。マリィの腰あたりまでもある草をかき分けながら、進んだ。この辺りも花を探しに何度か足を運んでいたが、花らしきものはなく、ただ、尖った草が生い茂るばかりだ。
ブーツに泥をつけながら歩くと、次第に小さな小屋、と呼ぶのがよさそうな鍛治工房が姿を現した。
扉の部分にあった鎖は外れており、扉を引けば簡単に開く。
中は、職人さんが作業する工房のみで、大きな窯が場所を占めていた。壁にはたくさんの物が隙間なく飾られている。農具もあれば、剣や槍など思った以上に武器も置いてあった。その中でも目立つ場所に置いてある、甲冑。
甲冑に触れる。これを、着ることができれば。
けれど、どう見ても大人の男の人に合わせて作られたものだ。
「お、重……い……」
そして、思ったよりも重いことに気がついた。魔力が宿っていないタイプなのだろうか。色々試してみた末、籠手と手袋、胸当てに兜が精一杯だ。胸当てでなんとか膝までは隠れるけれど、……これでどうにかなるだろうか。
ナイフの中からも1本だけ持ちやすそうなものを選んで貸してもらった。