娯楽小説 3
だめだ。これでは、肯定してるみたいだ。
固まっているマリィの前に姿を現した。
「違うから」
「……え?」
「確かに、マクスウェルもマロイもハリスも知っているけど……、その本は事実無根だよ」
するとマリィは、俯いて、静かに言った。
「……火のない所に煙は……」
「違うから。マクスウェルとは仲は良かったけど、ハリスが勝手に想像して書いただけなんだ」
少しの沈黙の後、マリィが少し、顔を上げた。
「……そうなのね」
それだけ言って、いそいそと行ってしまった。
明るい表情、とも言い難く、どう思っているのかつかめなかった。……伝わったのだろうか。
まさか、二千年も経って、ハリスに困らされることがあるとは思っていなかった。自由奔放なところがあるとは思っていたけれど。
その本に書いてあるように思われるのは少し……いや、だいぶ嫌なのだが。あまり言い訳しすぎても怪しいだけだろう。
その後、エルリックの部屋に行くと、やはりマリィは床に寝ていた。
マリィは日にちの感覚を失っているようだが、もう時期としては冬の最中だ。魔女の呪いを受けた街は、相変わらず春の昼間のような暖かさを保っていた。その暖かさの中で、絨毯の上ならば寒くはないだろうが、絨毯の上にうずくまるマリィをみることは、おもしろくなかった。
「…………」
それほどエルリックのそばに居たいのだろうか。そうなのだろう。床で寝てしまうほど。そんなこと、考えたくもない。
空中で頬杖をついて、マリィを眺める。すやすやとした寝息が聞こえた。
本当に……おもしろくないな。
目を落とし、マリィの頭の横に置いてある例の本を見た。2冊積み重なっており、下の本がなんなのかはわからない。
寝る直前に読んでいたのだろうか。例の表紙が上に見えており、悪魔としても複雑だ。マリィが、自分と……マクスウェルが手と手を取り合うような本を、読んでいるというのだから。
探さないと見つからない場所に置いてきたはずだ。一体どうして……、探し出してまで、僕だと知った上で、読む気になったのか……。
よりにもよって、この王子のそばで、悪魔をモデルにしたそんな本を読んでいる、とは。
「はぁ……」
口から、灰色の煙がうっすらと吐き出された。
その日からしばらくは、食事は作るものの、マリィの前に顔を出すことはしなかった。もともと、あまり顔を見せるつもりはなかったのだ。
……マリィの心にはあの王子が住み着いている。出て行ってもいいことはないだろう。人間の前にわざわざ出て行っても。……マクスウェルのあの最後の軽蔑の目を思い出す。
複雑なたくさんの想いを抱えたまま、屋根の上で風に吹かれた。遠く遠くを見渡せば、どこかで雪が降っているような季節。……呪いのせいでそんな景色を見ることもできないが。
ただ、そんな景色が見られるんじゃないかと、遠く遠くを見渡した。




