君と出会った屋根の下 2
悪魔はずっと、その屋根裏部屋に居た。
なんてことはない。ただ、動く気にならなかったからだ。窓の外を見ると、どんよりとした曇り空で、気持ちをより一層つまらない気持ちにさせた。
その日、階段を上ってくる音が、いつになく落ち込んだ音のような気がした。
木製のチェストの上に座り、じっと入口の方を眺める。思いの外、静かに、マリィが入ってきた。
とぼとぼと歩き回り、家具の間に置いてあったスツールに座る。悪魔は、ふわりと浮いて、ここぞとばかりに正面を陣取った。
どうした?
声をかけるわけにもいかないので、心の中で呟く。
それに応えるように、マリィが話し出した。
「あのね、今、エルリックが王都から来ているのだけれど……」
ああ、そんな話か。色恋沙汰の話なら聞きたくないが。
ぶすっとしてマリィを眺める。
「わ……私……、エルリックが国王様から借り受けてきた大使のバッジを……湖のあたりでなくしてしまって……。それで……エルリックを怒らせちゃって……」
マリィは震え、みるみるうちに瞳に涙がたまっていく。
「…………」
つまらない話だ。子供同士のいざこざ。
そもそも……マリィがエルリックの話をする時の態度は気に入らない。
「はぁ……」
ひとつため息をつくと、悪魔はぐわーっとその獣の頭蓋骨のような口を開けた。
気に入らない。まったく気に入らない。
ばさっと大袈裟に翼をはためかせる。とはいえ、人間には気づかれないようにしているので、マリィが受ける風はささやかだ。
徐に窓から飛び立つと、屋根の上に立った。
久しぶりに見る、外の景色。
「これが……」
人々が騒めく。農民ばかりだった気楽さは抜け、それでも人々が楽しそうに笑う。馬車が行き交う。大きな建物もいくつか建っている。
これが……あれから二千後の世界。
まったく変わってしまったのかと思えば、そうでもなく、特に自分の屋敷はそのままだ。
足の下の屋根を見る。叩いたら壊れてしまいそうなくらい古くなってはいるが……。
空を蹴り、湖の方へ向かった。
湖も変わりがない。悪魔が水面を眺めていた頃そのままだ。
大使のバッジ……ということは、大使であることの証になっている服につける何かだろう。
湖を一周してみたが、それらしきものは見当たらなかった。念のため、近くのリスに聞いてみたが、見かけないという。
「これは……」
湖の中、か。中を覗く。
ここは湖だ。水浴び程度にはいいかもしれないが、それほど視界がいいわけでもない。
ジャケットを足元へ落とす。落としたジャケットは地面にたどり着く前に消え失せる。
「…………」
つまらないな、こんなことは。
すっと地面に立ち、湖の中へ。
悪魔の勢いで、水がボコボコと泡立つ。
人間のように呼吸をしているわけでもない。ぽわぽわと、獣の頭蓋骨のような口から空気の粒が漏れる。
身体が冷えるわけでもない。
水の中を潜り、移動していく。
水の中は存外きれいで、数多の魚が泳いでいた。




