君と出会った屋根の下 1
……僕の耳元で話したのは、小さな女の子だった。
10歳にも満たなそうな、小柄で華奢な女の子。名前からして、アリシアの子孫だろうか。だが、似ているのは髪の色くらいだ。……でも、綺麗だ。
「あなたはなんという人なのかしら。あ、人じゃないかもしれないわね」
ふふっと笑顔を見せる女の子。
僕は……といいかけて止める。
いくら意識を手放していたといって、人間に見えているわけがない。
「そうなのね。私はここに住んでいるの。あなたはこの部屋にずっといるのね」
……周りには、このマリィと名乗る少女に返事を返した者はない。
目の前で話されるとドキッとするが、どうやら、想像上の誰かと会話しているようだ。
改めて正面に座る。
「毎日学校に行くのよ。今日は本を読む宿題が出ているの。ここで読むね」
そう言うと、マリィは朗読の練習を始めた。
……久しぶりの人の声だ。それも、優しい人の声だ。
誰かと話しているような気分になる。
正面でじっと眺め、その声に耳を澄ました。
「ふふっ、また来るね」
練習を終えると、そう言って帰っていった。
「…………」
後ろ姿を目で追った。
なんだか、目が覚めてしまった。
久しぶりに空を見た。
窓の外には星空が顔を覗かせていた。
意識を手放してしまってから、どれほどの年月が経ったのか。
2日後、動く気にもなれず、その屋根裏部屋に腰を落ち着けているところへ、少女は再度やってきた。今日も本を持っているところを見ると、宿題がてら想像上の友人とここで遊んでいるのかも知れなかった。
「今日はあいにくの雨ね」
窓の外は、マリィの言うとおり、雨が降っていた。人の声をたよりに視線を動かす、それだけのことが、とても大切なことだったように思えた。
窓の外は確かに雨が降っている。雨粒が屋根を叩く音も聞こえていた。雨だったけれど、その瞬間、眩しい光が差し込んだようだった。
「雨だったから、今日は汚れてもいいブーツを履いていったのだけど、ブーツの中に泥が入ってしまったの。学校の水道で足を洗ったわ」
その後もマリィは2日に1度はやってきて、笑い声や呆れ顔、厨房からこっそり頂いてきたクッキーなどを披露していった。
その度に、何か面白い劇でも見るように、悪魔は真正面に座った。会話をするにしても、少しばかり近すぎる位置に。手の上に顎を乗せ、それでも次第に、目が輝いた。
気付けばマリィが来ることを、いつでも楽しみにしていた。楽しみにしている自分に気付き、それ自体も楽しんだ。
マリィの話や朗読で、色々なことがわかった。今は、アリシア達と過ごしてから二千年ほど経っていること、マリィは学校に通っていること、エルリックという幼馴染みがいること、この屋敷の一人娘だということ。
話からして、やはりアリシアの子孫で間違いないようだ。
お喋りなその少女は、ただ、一人しゃべり続けた。