約束を果たしましょう 2
目頭を抑えたまま、サウスは部屋を出た。目の前にいた悪魔に向かう。
「あとは……よろしく頼む……」
そう言って、下を向いてしまった。
その時が、来てしまった。
サウスはアリシアと悪魔との約束を知っている。サウスとしても、悪魔との契約を勝手に止めるつもりはないのだろう。
「ああ……」
それだけ言って、その丸まった背中を見送った。
閉じた扉を目の前に。
じっとそこに、浮く。
この扉を開ければ、終わってしまう。
悪魔は、一呼吸おいて、扉を開けた。
明るい部屋。
扉をくぐると、ベッドに横たわるアリシアの姿があった。
「……だから、無理したらいけないって言ったんだ。こんなことになるなら」
「あら、私は後悔なんてしてないわ。私の我儘だもの」
床に降り立って、数歩歩く。
目の前には、寝ているアリシアの姿があった。
翼が、ひとつ羽ばたいた。
「……そんなに悲しく思わないで」
「…………」
悲しく思ってる?どうしてそんな風に思ったのか、聞きたかったけれど口には出さなかった。
窓際に小鳥が飛んできて、1度鳴くと、またどこかへ飛んでいった。
「……貴方の翼、まるで犬の尻尾みたいだわ」
そう言われ、また、翼がひとつ羽ばたいた。
「…………」
跪き、アリシアの手を握った。
「今までありがとう」
「……こちらこそ、ありがとう。アリシア。……僕は誓うよ。君の子供達を守ろう」
「子供達?」
「君の子供の子供も。子供の子供の子供も。ずっとずっと先まで」
「……貴方は、ここに囚われなくてもいいのに」
「誓うよ」
最後に、涙を浮かべた目を細めて、アリシアは目を閉じた。
アリシアの顔よりも大きいんじゃないかという手で、額に手を当てる。
すると、アリシアの身体が、ポウッと光だした。魂の光だ。
そのまま手をかざすと、光がふわふわと手にまとわりついてくる。これが、魂。
これを、食べてしまうと、アリシアという存在がなくなってしまう。
「…………」
悪魔は、獣の頭蓋骨のような口を大きく開けると、その光をぱくりと食べてしまった。
「母さ…………」
その時、後ろで扉を開く音がした。マクスウェルだ。
「…………何……を」
アリシアの身体は、見る間に生気を失って、ただの抜け殻となってしまっていた。
「え……母さ…………?」
マクスウェルはアリシアの元へ駆け寄る。
「母さ……?え……?なんで……」
閉じられた瞳はもう開くことはない。
「あ……悪魔……。これは、どういうことなんだ?」
「…………」
「お前が……母さんを……!?」
マクスウェルは目を白黒させながら部屋を飛び出して行った。さながら何かの戯曲のようだ。
……申し開きすることもない。アリシアの魂を食べてしまったのは事実だ。アリシアの魂が、ここへ戻ってくることはない。
「…………」
ゆっくりとラウンジへ入っていく。
紅色の絨毯の真ん中に、マクスウェルは立っていた。嗚咽をあげ泣いているハリスを支えている。後ろには、マロイが俯いて立っていた。
その目は、他人を恨む目だった。そしてその目は、真っ直ぐ悪魔に向けられていた。
こんな日が、来ると思っていた。
所詮、僕は人間とは違うものだ。
仕方がない。
それが例え家族のように思った相手であっても。それが例え兄弟のように思った相手であっても。
仕方がないことだ。
そう自分に言い聞かせて、悪魔は空へ消えた。