結婚式
アリシアは、ひとり、ベランダにいた。サウスとの結婚式を、明日に控えていた。
サウスも気を遣って、一人にしたのだろう。悪魔も顔を出すことはしなかった。
三日月が輝く夜だった。明日もどうやら晴れそうだ。
アリシアが幸せの道を歩もうとしていることに、異存はない。
ただ、祝いの席に招待された時には、丁重に断った。
夜の光の中で、じっと、一人でいる背中を見ていた。
風邪をひかなければいいが。
静かに、その背中を見ていた。
ふと、二人で飛んだ空を思い出す。
あの日もとても、綺麗な夜だった。
アリシアは、光に恵まれている。きっと、幸せな人生を送ることだろう。
結婚式は、慎ましく行われた。
屋敷の周りには教会はなかったが、近くの町の教会から一人来てくれるというので、屋敷の玄関前で執り行った。
アリシアの家族も、サウスの家族もいない、ささやかなものだった。ただ、屋敷の周りにできた農家の人々が大騒ぎでやってきて、ガーデンパーティーで祝ってくれた。
ワインが飛び交い、鶏肉が飛び交った。楽器が持ち出され、陽気な音楽が流れた。「アリシア様ー!」とたくさんの人がアリシアの名前を呼んだ。
二人は健やかな祝いの席で、幸せになることを誓い合った。
上質だけれど、華やかさには欠ける町娘のようなドレスは、アリシアにとてもよく似合っていた。
悪魔は屋敷の屋根の上に座り、その光景を眺めていた。
空は案の定とてもよく晴れていて、幸せを絵に描いたようだった。
祝いに一つ、歌でも歌ってやろうかと思ったけれど、そんな幸せの歌を、悪魔はひとつも知らなかった。だから、祝いの言葉ひとつ用意できず、口にすることもなく、ただその場で幸せな結婚式を眺めた。
軽快な音楽と、ダンスと、笑い声。アリシアとサウスが二人、軽快なダンスをして笑い合う。
ただ、静かな森の中で人間を食べ、暮らしていた自分では、想像もつかなかった光景。けれど、不快なことはない。こんな町になったのだと、快く受け入れることができた。
きっと、アリシア達が、これからもこの土地を守り育てて行くことだろう。
そのまま屋根に寝転がり、空を眺める。のんきに鳥が飛んでいるのは、以前と同じままだ。
悪魔はずっとそこにいて、ずっと空を眺めていた。空はオレンジ色に染まり、夜が訪れ、星が瞬き出した。
暗くなれば、屋敷の周囲に大量のランプが灯り、笑い踊る人々を映し出した。
その日は、夜が明けるまで宴が続いた。朝まで続いた宴は、翌日に農民達があっという間に片付けた。
また、同じ日々に戻ったような気がした。
3人で食事をとる、いつも通りの生活に戻った。
けれど、それはやはり、新しい生活の始まりだった。
日々は坦々と、それでもたくさんの大騒ぎを連れて過ぎていった。
気づけば、その結婚式の日から、10年の月日が経っていた。