ダンス教室
それからしばらく後のことだ。アリシアとサウスが、ホールに篭るようになった。
「アリシア様〜……。ちょっと手加減してくださいよ」
「そういうわけにはいかないわ」
どうやら、近隣の町の貴族を呼んで、パーティーを開くということだった。
ヘトヘトになって床に座り込んだサウスを、まだ立たせようとしている。
しかしサウスの方は、「そろそろ食事の用意に行くので」と今日のレッスンを終わりにしてしまった。
「ホスト側は私と貴方しかいないのよ。もっと気をしっかり持ってくれなくては困るわ。当日のお料理は城から手伝いを呼んだけれど、ダンスはそうもいかないの」
アリシアはツーンとした顔だ。
サウスは、アリシアのあまりのスパルタぶりに、辟易しながら厨房へ向かっていった。
「仕方ないわね!」
ホールに一人残ったアリシアが、一際大きな声で独り言を言った。
嫌な予感がして、屋根裏へ引きこもる。
「あーくーまー!!」
案の定だ。
アリシアはホールを出て、屋敷中を叫びながら歩いた。
「………………」
屋敷の中をだいたい一周して、ホールにまた戻り、目を閉じる。
じっと待つ。
そしてそっと目を開け、目の前に悪魔がいることを確認して、にっこりと笑う。
つい、大人しく出てきてしまった。アリシアに逆らうのは得策ではない。
あまり表情の出ない顔の作りをしていながら、ジト目でアリシアを見た。
「さて!ダンスの練習をするわよ!」
手を頭上へ突き上げ意気込んでいる。戦にでも行くつもりか。
「僕には関係ないだろ」
ホールの中空をふらふらと浮いた。
「貴方、そんな紳士的な格好をしていて、踊れないなんて言わせないわ」
「踊れないよ。悪魔は地面に足をつけたダンスを必要としない」
反論してみたが、アリシアは聞かなかったことにしたらしい。
「いーい?紳士にはダンスは必須なのよ」
腰に手をあて、先生のように振る舞う。
歩きだしたかと思えば、くるりとターンをして、背筋を伸ばし、ワルツを踊るポーズをした。
顎をくいっと動かし、相手をしろと威圧をかける。
「…………」
しばらく考えた挙句、出てきてしまった以上、抵抗は無駄だと思えた。
……正直、相手をするのも面白いかと思ったのだ。
自分にうんざりする。
とりあえず手を取ってみる。大きな手の上に、小さな手が収まった。
手を引っ張られ、なんとかワルツの形に収まると、1歩、1歩と、ゆっくりと動き出す。
「1……2……3……」
ゆっくりとした、三拍子。
アリシアは楽しそうだった。ずっと楽しそうに笑っていた。
これはこれでいいかと思える笑顔だ。
それからも、時々呼び出された。慣れてくると、問題なく部屋の中を二人で駆け回った。
それが続いて、パーティーの日。
当日は、のんびりと気配を消し、来客のチェックだけしていた。
王都からも手伝いは来ていたが、軽く屋敷に障壁だけ作っておく。
あっという間に、その日は終わった。
ダンス練習に付き合うこともなくなった。
パーティーの終わり、アリシアがこちらに向かってにっこり笑ったことが、印象的だった。