人の住む場所 1
ガラガラと、大きな馬車の音がする。
屋根の上から動かずに、じっとその音を聞いた。
認めざるを得なかった。
久々に剣を合わせることは楽しかった。人間達が目の前で動き、会話をする。それだけで楽しかった。
そこにいるなら二人ともそこに居ていいと、言ってしまうことに、抵抗はなかった。
あの威勢のいい姫君が、騎士にあるまじき手を使ってくるとは思わなかったが……。
はぁ……。
「悪魔〜?」
アリシアの横暴な声が聞こえた。
まったく、馴れ馴れしいにもほどがあるんじゃないだろうか。
「どうした?」
頭の上から、顔を出すと、うわっという声が聞こえた。別に驚かせるつもりもない。つくづく戦闘向きではないな。
「どこの部屋を使えばいいの?」
と言うので、見ると幌馬車いっぱいの家財道具が置いてあった。
「……すっかり住み着く気なんだね」
「当たり前でしょ」
聞けば、森のすぐ隣にある国の姫君らしい。人間の土地になると気軽に人間を食べられなくなるんじゃ、という懸念が襲う。
「はぁ……」
ため息しか出てこない。灰色の煙のような気体が、口からもれ、空気に溶けた。
「右の塔は僕の住処だ。左の塔なら問題ない。ただし、右の塔には入らないように」
そう言って、屋根の上へまた戻る。
「明日からよろしくね!」
アリシアは、悪魔に向かってそう叫んだ。
「明日?」
「剣の稽古!」
剣の稽古をつけてくれって?
うっかり師匠になってやると言ってしまったのが運の尽きか。どうやらあのお姫様の面倒を見なくてはいけないらしい。
それ以外にも、アリシアはずけずけとこの城に入り込んできた。
髪をひとまとめにし、エプロンドレスをつけた。そして、台所はどこにあるのかだの、食卓はどこにあるのかだの。
腰に手を当て、色々なことを聞いてきた。
「あなたは、料理を食べるのかしら」
「……僕は、食事を必要としない」
「美味しく食べられる?」
「……食べることはできる」
「そう。じゃあもしよかったら夕食には参加して」
「ああ」
どうやら3人で仲良く、というのが目標のようだった。いろいろ動いた割には、アリシアよりもサウスの方が手際が良く、料理もほとんどサウスが作った。
城はランプがつくようになり、台所には鍋が並んだ。綺麗なシーツが干され、人が行き交う。
3人で食事をし、3日に1度は剣の稽古を見てやった。
基本的に、悪魔は屋根の上にいた。
特に仲良く談笑するわけではない。
夕食でも、ただ、アリシアとサウスがわいわい食べる横で、静かに食事をするだけだ。
煩わしく思うこともある。時間が無駄に思うこともしばしば。静かな時間が減ってしまうこともあった。
けれど、気分は決して、悪くなかった。
城の中に、生命を感じることは、決して悪いことではなかった。