君のためのスープ
その日も青い花を探した。森のすぐ近くまで。これ以上遠くには行けない場所まで。聞こえるのは、狼の唸り声。
「あっ……」
泥に足を取られ、右足が泥だらけになってしまう。
暗いとはいえ、気を付けないといけないのに。
「ついてないな」
ブーツを洗わないといけなくなってしまったので、その日は早く屋敷に帰った。
外の水道でブーツをすすぐと、ブーツを洗濯場まで持って行き、そのまま裸足で歩く。ペタペタと気持ちがいい。
エルリックの様子を見て、そのまま厨房へ向かった。
ランプをつけっぱなしの厨房へ入ると、いつもと様子が違うことに気がついた。
小鍋がオーブンの上で煮えている。
いいにおい。これって……鶏……?
一瞬、ぼんやりと見つめて、そこに居てはいけないことに思い当たる。
煮えている、ということは、これを今、誰かが作っている途中ということだ。戻ってくるかもしれない。
狼狽たあげく、ちょうどオーブンあたりが見える少し離れた戸棚を開けてみた。
何本かスパイスの瓶が入っているものの、これなら取り出せば少女が隠れられる。
慌ててテーブルの上に瓶を全て出してしまうと、そっと戸棚の中に入った。隙間を少し開けると、オーブンあたりが覗き見れた。
「スー……ハー……スー……ハー……」
あの悪魔の姿を想像して、緊張する。まさかあの悪魔が……料理をしているとは思えないけれど。
じっ……と待つ。
そのとき、まさか、と思う光景を目にした。もしかしたら少女はこれを、予想していたかもしれない。期待していたかもしれない。
それでも、信じられなかった。
口を覆う。
フワッと厨房に入ってきたのは、紛れもなく、あの悪魔だった。
黒い姿。夜空の色の翼。
鼓動が早くなる。
悪魔は、手に泥のついたじゃがいもと玉ねぎを持っていた。
うそでしょう……?
目が離せない。少女は悪魔をじっと見つめた。
斜め後ろからなので手元はよく見えないけれど、大きな手を器用に使ってじゃがいもを洗っているのが見えた。
こんなことってある……?
指先を使い、器用にも調理が続いていった。
まさか……悪魔が、本当に料理……を。
音を立てないよう、じっと見つめた。悪魔のことだから、とっくに少女には気付いているかもしれないけれど。
けれど、もし気が付かれていたとしても、出ていくわけもいかない。
その大きな手で器用にもナイフを扱い、指先で塩と胡椒を扱った。
悪魔は丁寧な手つきで鍋を混ぜ、手慣れた手つきでスープをすくった。
真っ白に出来上がったスープは、とてもいい匂いがする。
少女はじっと押し黙る。
スープはどこかへ持っていかれ、それきり、スープの小鍋はそのままに、悪魔が戻ってくることもなかった。あれはきっと、エルリックの部屋に置いておくためのものだろう。それはつまり、少女が口にするためのものだ。
「…………」
自分が食べるために作ったわけではないのだろうか。
「なんで…………」
なんと言っていいのか、わからなくなる。
あれを……毎日……。でも……。
毎日……飲まずにいて……。でも……!
押し寄せてくる感情に、混乱するばかりで、少女はしばらく、その場を動くことができなかった。