雨の日 2
頭の中で、悪魔の言葉を反芻する。
皆は戻ってこれない?
待っていても会えない?
「じゃあ……生きているけど、何処にいるのかわからないのね」
「そうなんだ」
「でも……」
また、少女は言葉を切った。助けてくれた、と言いかけてやめた。どうして言葉が出なかったのか、自分でもわからない。代わりに、こんな言葉が出た。
「……私も、外へ出してくれる?」
一瞬の沈黙。
「それは、できないんだ。魔女の狼達が、森に放たれてしまった。あの森を通ることができない。中からも、外からも」
「…………」
それは、つまり、もう私は外に出られないということ?皆も戻ってこれないということ?ここに、いるしかないということ?
誰にも、会えないということ?
「でも何か……」
方法が……。と思った瞬間、あの森の狼達を思い出す。あの狼を……沢山の狼を通り抜けること。考えただけでもゾッとする。
あの中に飛び込みでもすれば、その瞬間、あの牙にやられる……。
「…………」
それじゃあ。
こんな、夜の世界で。
もう誰にも会えない。
「…………」
もう誰にも会えない。
お父様にも、お母様にも、家族の皆にも、友達にも、街の皆にも、もう誰にも。
「…………」
少女は、膝を抱えて小さくなった。
こんなことなら。
「これじゃあ……。私、死んでしまったのと同じね」
誰に話すでもない、独り言だった。
暗い世界に雨は降り続く。
黒い翼が、バサッと音を立てて一度だけ羽ばたいた。
何処かへ行ってしまうのかと思ったけれど、悪魔はそこに居るようだった。
少女がじっとしていると、悪魔もそこでじっとしていた。
暗い中で、どれくらいの時間が過ぎただろう。
悪魔はずっとそこにいた。
少女を襲うでもなく、食べるでもなく。ただ、話をしにきたみたいに。
この悪魔は一体なんなんだろう。
「あなたは……」
ふっと後ろを向いた。
そこには、誰もいなかった。
今まで誰もいなかったみたいに。今まで感じていた気配も幻だったみたいに。会話も全て夢だったみたいに。
それでも、確かに少女は悪魔と会話をした。
確かに、今までここにいたのに。
少女はそれからも、その場所でじっとしていた。
暗い部屋の中。
……あの悪魔のせいで皆がいなくなった。……違う。
やっぱり、あの悪魔が皆を助けてくれた。
魔女は皆のことを“美味しそう”だと言っていた。そして、なぜか悔しがっていた。あれは、皆が居なくなってしまったからだ。
もう皆と会えない。会えないのは事実だから、どうしても悪魔に感謝ができない。ありがとうって言えない……。
それでも。
それでも、やっぱり助けてくれたんだ。
いい人、なんだろうか。
それにしたってここにいる理由がわからない。
「…………わからないや」
少女はそのままそこに居て、眠る時間になると床に顔をつけ眠った。
「冷たい」
白い床はやっぱり、見た目通り冷たかった。
少女はその夜夢を見た。
とてもフワフワした夢だ。
空はとても晴れた日で、少女は屋敷の塀の側、草原の上で寝転がって空を見ていた。
そういえば、小さい頃は草原の上でよく転がっていたっけ。
少女はその日、そんなことを思い出して眠った。