あなたは、誰? 1
ランタンをかざし、庭へ出た少女は、何かで心臓を刺されたような気持ちになっていた。
屋敷の庭は、2人の庭師によって手入れされ、薔薇が咲いている、はずだった。
「そんな……」
ランタンの光に浮きあがった花は、バラどころかどれも少し下を向いている。
どうして……。
思った瞬間、外を見て気がついた。
そうだ、ずっと夜が続いているんだ。陽の光がないこんな状況では……植物だって元気もなくなる。
それでも、期待を込めて外へ出る。
裏口の門は、思っていたよりも大きな音でギギィ……と鳴った。
草を踏み……その瞬間、記憶の中の草原とは違うものだと感じた。
エルリックと二人歩いたときは、こんな香りじゃなかった。こんな感触じゃなかった。あの瑞々しさを思うと、今の草原は心許ない。
元気のなくなった草は、踏んでもなんの音もしない。生命の感触がない。
のそのそと、湖の端まで歩いていく。
遠く、星の光で見渡せた。
湖の向こう岸は、どうやら霧がかかっていて、森の姿も朧げだ。
周りを見ても、どことなく萎れそうな花でいっぱいだった。
こんな花では器になるだろうか。
試しに手元にある花を摘んでみたが、摘んだ先からぼろぼろと花びらが落ちていってしまう。
「こんな……んじゃ……」
周りを見ても暗く、どれがなんの花なのか一見しただけではわかりにくい。
ここから、元気な青い花を探し出して……。
気の遠くなりそうな話だった。けれど、魔女の顔を思い出す。挫けるわけにはいかない。
湖のそばで見たことがあるような気がして、できるだけ、くまなく探す。
けれど、そこで青い花を見ることはできなかった。
この辺りには咲いてないのだろうか。
それでも。
ふと、思い立つ。少女の部屋にある花冠の花はどうだろう。
あれには、色々な花が付いていた。
久しぶりに、自室へ戻った。
眠くなったらそこがどこであろうとウトウトとするだけの生活。
ここ数日、食事も取っておらず、部屋に帰ることもなかった。
あの日以来の、自分の部屋。明かりはつけず、ランタンの明かりだけで部屋を横切った。
「あ……」
花冠を、触ろうとし、手を引っ込めた。
枯れて……る。
それもそう。切った花が、そんなにずっと元気を保っているはずなんてなかった。
肩を落とし、青い顔で、エルリックのいる部屋まで戻ってきた。
と、ドアを開けた瞬間、いつもと違う、違和感に気づく。
この、香り。
2人用のテーブルの上に、何かが載っていた。
スープ……。
こんなもの、ここにはなかったはずなのに……。
ほわほわとした湯気が見える。まだ、作られたばかりのようだ。
まさかと思い、エルリックを見る。数歩近づいて、やはり違うことが理解できた。けれど、諦めきれず、エルリックに声をかける。
「エルリック?起きてるの?エルリック?」
数度、揺さぶってみたが、起きる様子もない。
エルリックが起きたわけではないみたい。
だったら、これは、誰が、どこから。
まだ、誰が屋敷の中にいる。恐怖感が、また頭をもたげた。
一瞬、魔女かと思ったが本当に魔女だろうか。
ふと、黒い影のことを思い出した。
いずれにしろ、得体の知れない何かが、ここにスープを置いたようだった。