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始まりの日 6

 耳に、エルリックの呻き声が響く。

「やめ……て……」

 エルリックの方へ、吸い寄せられるように近づく。

 助ける……?どうやって?どうやって?

 エルリックが、魔女キタカゼを睨みつける。

「お……前、皆に何をした……」

 頭を掴んだまま、エルリックを自分の方に向かせ、じっくりと、眺める。何かを観察するように。味見をするように。

 やめて。そんな目でエルリックを見ないで。

「やめて……」

 出来ることならこの場所から逃げたくて、逃げたくて。

 魔女キタカゼが、エルリックの方を艶やかな瞳で、撫でるように眺める。魔女キタカゼの顔が……エルリックの鼻先へと近づき、そのまま……。

「やめて……!」

 叫びながら、マリィは直視することができず、下を向いた。白く輝く床はガラスの破片が落ちていること以外はそのままで、まるでまた挨拶の時間が始まるみたいだ。顔を上げると、きっと皆がこちらを見ていて……。そんなことを思うと、景色が揺らぎ、涙が溢れるのを感じた。

 ドサッ……と人が倒れる音に、弾かれるように顔を上げる、と。そこに、倒れるエルリックの姿があった。

「エルリック……!」

 飛びつくようにエルリックに駆け寄る。息はしてる、心臓の音も。けれど、目は閉じられ、起き上がる気配もない。気を失うというより、まるでその瞬間安らかな眠りについたような顔だった。

「そゥね。アタクシのワンちゃん達を置いていくわ。可愛がって、ね」

 それだけ言うと、魔女キタカゼは、空気に溶けるように足の先から消えていく。ふんだんにレースのついたドレス。皆を指差していた、尖った指先。魔女と言われるにふさわしいその黒い瞳。光から生まれ出たような髪の先まで。

 魔女キタカゼが、すっかり溶けて消えてしまい、世界に静寂が訪れた。

 魔女キタカゼが呼びかけていた何かも、すっかり消えてしまったようだった。

 部屋の中は暗かった。シャンデリアも、魔女キタカゼが消えると同時に消えてしまった。外は暗く、それほどの時間は経っていなかったように感じていたのに、いつの間にか、世界は夜になっていた。

 部屋の中には、マリィが佇み、そして、ただ眠ったようにしか見えないエルリックがマリィの手の先で横たわっている。

 夜空の微かな明かりで、散らばった窓ガラスの破片がキラキラと輝いていた。持ち主から離れた聖剣は、存在感を無くしそこに転がるただの剣だった。

 誰の声もしない。

 誰の声もしないこんな部屋は知らない。

「エルリック……」

 呟いてみたけれど、横たわったエルリックは、呼べば呼ぶほど遠くへ行ってしまいそうに思える。

「誰か……」

 助けてくれる人がいないかと、周りを見渡す。立ち上がり、廊下を覗いたけれど、そこもやはり、ただ暗い夜の廊下であるというだけで、人の気配すらしない。

 夜の微かな光を頼りに、少し歩いてみたけれど、やはり、どこにも人の姿が見当たらない。

「どうして……」

 その日は、マリィの12歳の誕生日だった。

 マリィはその日、全てのものを失った。

 たった一人ぼっちで、その世界に立っていた。

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