もしも裏ボスが、表のシナリオにそれとなく介入してきたら……
まずは短編で。導入部分のみですが、後々連載版を投入する予定です。
内容は、タイトルの通りになります。
「……む、ここは……?」
……ふと気が付くと、俺は不思議な空間の中にいた。
360度満天の天球の中に、無数の岩石が浮いている。大きなもの、小さなもの、尖ったもの、平らなもの、細長いもの、球形のもの……その中でも俺は、最も大きく平らな岩の上に立っていた。俺を含め、10人ぐらいがここで戦いを始めても、全く差し支えない程度の広さがある。
そして、周りの光景を例えるなら。それはまるで、宇宙の小惑星帯の中にいるかのように神秘的で……そして、非現実的な光景だ。
なのに、既視感がある。どこかで見たことがあるような、そんな気がするのだ。
「………」
自分の体を見下ろす。なぜか上半身は裸で、そこにはフクフクとした体―――ではなく、筋骨隆々の見事な肉体があった。流石にズボンらしきものは履いていたが、ズボンの形をしたペラペラの白い布を黒いロープで腰に巻き留めたような状態で、正直頼りない。
ついでに、その黒ロープに一振りの直長剣が引っ掛かっている。刃渡りは大体90センチくらいだろうか、黒く立派な鞘の中にその剣は納められている。
……何だろう。この剣にも、見覚えがある。
試しに右手で抜いてみる。鞘とは違い、刀身は見事な白銀色で、表面は鏡のように光を反射して―――
「―――!?!?」
そこに映った自分の顔を見て、驚いた。
落ち窪んだ瞳は爛々と白く輝き、鋭すぎる視線をこちらに向けている。雑に束ねられた黒髪と伸び放題な白髭のせいで、どこぞの仙人のような風貌をしたそいつは―――やはり既視感のある、スラリとした顔立ちをしていた。
「……あ」
……と、ここで一気に記憶が甦る。
そう、俺の名前は原田喜一。30歳独身の冴えないサラリーマンだ。今日もまたいつものように家を出て、電車にガタゴト揺られ、最寄りの駅を降りて職場に向かい―――その道中、信号の無い交差点の横断歩道を渡っていた辺りで、記憶が途絶えている。
トラックにでも轢かれたのだろうか。そういえば、何か強い衝撃で吹き飛ばされたような気もするが……残念ながら、よく覚えていない。
……ただ、剣に映った俺の顔。こちらは記憶の中に、合致するものがあった。
邪剣聖クラウディウス。
マイナーだが名作の部類に入る『ウィンクルム神伝記』というRPGにおいて、裏ボスとして登場する剣士。かつては世界最強の冒険者として名を馳せ、しかし全てに裏切られてダンジョンへと追い立てられ……以来30年間、ダンジョン最深部の凶悪な魔物相手に戦い続け、その肉を喰らって生き残り続けた猛者、という設定のキャラだ。RPG最強ボスの話題となると、必ず名前が挙がるボスである。
では、なぜ最強と呼ばれるのか。理由は数え切れないほどあるのだが、一言で言えば理不尽だからだ。
……賽の河原、という言葉を聞いたことはあるだろうか。この世とあの世の間に流れるという三途の川、そのこの世側のほとりを指す言葉だ。そこは、死した幼子が石を積んでは獄卒に壊され、石を積んでは獄卒に潰され打、石を積んでは獄卒に打ち倒され……という、果てしない徒労を繰り返す場所だという。
クラウディウスとの戦いは、まさにこの賽の河原地獄のようなものだ。どれほど善戦しようと、どれだけ追い詰めようと、いくら勝利に肉薄しようとも……クラウディウスがある一言を発した瞬間、その努力は全て霧散してしまうのだ。
"フルケア"、と。
聞いて字のごとく、全回復魔法だ。しかも回復量に上限は無い。10万でも20万でも、減ったHPの分だけきっちり回復するのがフルケアの魔法である。
これを裏ボスが何の脈絡もなく、しかも何度でも使ってくる。ただそれだけで、クラウディウスがどれほど理不尽な相手なのか、よく分かるのではないだろうか。
……まあ、他にも即死級の無属性必中全体物理攻撃を放ってきたり、【白き流星】という特性の効果で全キャラ中唯一1ターンに3回行動したり、行動パターンがあまりにも多過ぎて対策が不可能だったり、ステータスが異様に高かったりするのだが。それらの要素は、裏ボスが全回復魔法を使うという衝撃度に押されてか、あまり注目されていない。
そんなヤバい強さを持つ男に、今の俺はなっている。つまり、これは―――
「―――ゲームの世界に、転生したとでもいうのか……?」
そんな、まさか。そんな話、小説の中だけだと思ってたのに。
……だが、俺の五感はこれが現実だと強く訴えかけてくる。辺りを覆うひんやりとした空気、光源が無いのに明るい視界、悪寒がするほど静かな空間、少しだけ砂っぽい臭いのする岩石―――ゲームで『大次元の狭間』と呼ばれていたこの場所に、もしも生身で来れたのなら。まさにこんな感じなんだろうな、と妙に納得できてしまった。
ゲームの世界だけど、現実。もしも、それが本当なら。
幾つか岩石を渡った向こうに浮いている扉、あれを開ければ『ダンジョン』の最深部に繋がっているはずだ。そして、魔物がうようよいるダンジョンを突破すれば―――そこには、地上があるはずである。
ゲームで見たキャラクター達が住まう、光溢れる地上が。
「………」
行くべきか、行かざるべきか。
なにせ、今の俺は裏ボス―――表のシナリオには決して関わらない、いわゆるクリア後のお楽しみ的な存在だ。本来ならこの大次元の狭間で、挑戦者を待ち受けて然るべきだろう。
……しかし、だ。本当にここがそのゲームの世界で、それを現実のものとして体験できて、更には一人で世界を回れるほどの強さがあるのなら。
「……行かねば損、だな」
剣を握る手に力が入る。
……なんだか不思議な感覚だ。ゲームの通りであれば、あの扉の向こうにはたった一体で国さえ揺らぐような災厄級の魔物が犇めいているというのに……どんな魔物も俺の敵ではないと、そんな全能感に全身が包まれている。
「……よかろう」
色々と分からないことだらけだが、とりあえずそれらは置いておこう。
俺の本心が、外に出たいと叫んでいる。なら、俺はその心に従うだけだ。
何度か跳躍し、岩石の上を飛び移っていく。驚くほど体が軽く、まるで翼でも生えたかのように高く跳ぶことができた。
すぐに扉の前へとたどり着き、それを押し開ける。キキィ、という軽い音を立てて扉は開いた。その扉の向こうに、一歩足を踏み出す。
……さあ、行くとしようか。マイナーゲームの中の名作と言われる『ウィンクルム神伝記』の世界に!