第95話『決断』
フラーヴィスクールのテロ事件、テロ犯のブラックムーン、高度な魔法や技術、私や水蓮の情報収集、事件の黒幕、夏季試験での襲撃……この全てにアルフィーが関与し、裏で糸を引いている可能性は非常に高い。確固たる証拠はないが、アルフィーの仕業だと考えれば、全て辻褄は合う。でも、一体何故こんなことを……?
疑問しか残らない彼の言動に眉を顰める中、黒ローブの集団は砂浜の上へと舞い降りる。
『ブラックムーン』の構成員と思しき彼らは投げナイフや短剣を手に持ち、ジリジリと距離を詰めてきた。
恐怖の対象でしかない黒ローブの集団を前に、生徒達は後退る。
「ひっ……!!や、やだ……!!死にたくない!」
「戦姫だかなんだか知らないけど、誰か名乗り出てよ!」
「何で僕達ばっかり、こんな目に遭うんだ……!」
「もう帰りたいよ……!試験なんて、受けるんじゃなかった……!」
恐怖のあまり取り乱す生徒達は頭を抱えて蹲ったり、泣き出たりする。
再び混乱に陥った彼らはもう戦う意思すら、残っていなかった。
完全にお荷物となった彼らを前に、軍人達は緊張した面持ちで陣形を組む。
フラーヴィスクールの生徒を取り囲む形で、守りを固める軍人達はそれぞれ武器を構えた。
両者の睨み合いが続く中、黒ローブの集団は先手必勝と言わんばかりに一斉に斬り掛かってくる。ざっと五十人は居るであろう襲撃者に、軍人達は必死に応戦した。
ある者は剣で攻撃を受け止め、またある者は風魔法で敵を吹き飛ばす。でも、生徒達の安全を優先しているせいか、全力で戦うことは出来なかった。
防戦一方となる平隊員を他所に、リアムは氷結魔法であっという間に十人を氷漬けにする。
殺り損ねた敵に関しては、武人のシオンが素手で仕留めた。なかなか良い連携である。
リアムとシオンがタッグを組めば、何とか雑魚は一掃できそうだが……神殺戦争の英雄であるアルフィーとテディーには、どう頑張っても敵わないだろうな。あいつらは最も厳しい時代を生き抜いた、正真正銘の猛者だから。リアム達とは格が違う。
この場で、あいつらと対等に戦えるのは戦姫である私だけだ。
『どうするべきか』と自分に問い掛ける私は、答えに迷う。
思い悩んでいる間にも戦闘は続き、あちこちから悲鳴や血飛沫が上がった。
リアムとシオンのおかげで、味方に大きな怪我はないが、正直あまりいい状況とは言えない。
『このままでは、遅かれ早かれ負けてしまう』と思案する中、ふと背後に人の気配を感じた。
明らかな殺気と敵意……襲撃者の仲間か!
素早く結論を導き出した私は、どう対応すべきか迷う。
撃退するのは簡単だが、前回と違い、人の目がある。ここで何かアクションを起こせば、怪しまれてしまうだろう。
『それでは、元も子もない』と歯軋りすれば────突然後ろから、誰かに抱き締められた。
「っ……!!エ、リンちゃんは……私が守る!」
聞き覚えのある声と血の匂いに目を剥く中、背後からドサッと何かが倒れる音が聞こえた。
状況を確認すべく、慌てて振り向いた私は気絶した黒ローブの男と────吐血したアンナの姿に、絶句する。
蹴りでも入れたのか、男の腹にはくっきりと足跡が残っており、アンナの背中にはナイフが深く突き刺さっていた。患部を見る限り、刃は臓器まで達しているだろう。
「あ、アンナさん……どう、して……」
震える声で、そう問い掛ける私は恐る恐る手を伸ばした。
でも、触れてしまったら消えそうな気がして……慌てて、手を引っ込める。
テロ事件の際に感じた怒りとはまた違う、絶望感と喪失感に何故だか泣きそうになった。
『もし、このままアンナを失ってしまったら……』と恐怖する中、リアムのサポートに回っていたライアンがこちらへ駆け寄って来る。
「おい!大丈夫か!?」
珍しく声を荒らげるライアンは、アンナの背後に回り、傷の状態を確認した。
普段はいがみ合っている関係とはいえ、なんだかんだアンナのことを気に入っているのだろう。
ライアンは直ぐさまアンナを保護すると、止血を施した。でも、所詮は素人による応急処置のため、完治には至らない。このまま放置すれば、アンナは確実に命を落とすだろう。
私なら一瞬で傷口を塞ぎ、完治させることが出来るが、それをしてしまうと様々な弊害が……。
迷うように視線をさまよわせる私は、刻一刻を争う事態になっても、まだ決断できなかった。
煮え切らない自分の態度に嫌気がさす中、ライアンは動けないアンナを庇って、左肩に毒矢を受ける。
「くっ……!!」
「ラ、イアンくん……!わた、しのことはいいか、ら……!」
痛みに耐えるライアンを前に、アンナは必死に声を絞り出した。
今にも泣きそうな顔で、『私のことは見捨てて欲しい』と懇願する。
即効性の強い毒に侵されるライアンは、仲間思いのアンナに引き攣った笑みを見せた。
「大丈夫だ……これくらい、問題ない。いいから、お前は黙ってそこに居ろ。敵陣に飛び出すなんて、馬鹿な真似はやめろよ」
グッとアンナの肩を強く掴むライアンは、痩せ我慢を重ねる。もう既に限界の体を押して、敵の前に立ちはだかった。
根性が成せる技とも言える我慢強さに、私は不安と恐怖を覚える。
ライアンの死んだ姿を思い浮かべ、下唇を強く噛んだ。
何なんだ、この気持ちは……。私はどうして、こんなにっ……こいつらのことを……!!
くしゃりと顔を歪める私は、次々と湧き上がる感情に目を白黒させる。
混乱のあまり、強く拳を握り締めていると────いきなり、空が光った。
あまりの眩しさに目を細める中、今度は地響きのような音が鳴り響く。
嫌な予感に駆られる私は、恐る恐る空を見上げた。すると、そこには大きな黒雲があり……冷たい雨の代わりに雷が落ちて来る。
迫り来る電気の塊を前に、私は思わず固まった。
あれはテディーの落雷魔法で間違いない……!私なら、直撃しても問題ないが、近くにいるライアンとアンナは……確実に死ぬ!
『っ……!』と声にならない声を上げる私は、眉間に皺を寄せる。
苛立ちにも似た感情に支配される中、とある男達の姿が目に入った。
必死の形相でこちらに駆け寄ってくる男達の正体は────リアム・シオン・ウィリアム・ルーカスの四人だった。
彼らは負傷したアンナとライアンに加え、幼女である私を守るように────それぞれ、上から覆い被さる。
「!!?」
リアムとルーカスの体に押し潰される私は、『このままだと、全員死んでしまう』と瞬時に悟った。
自分だけ生き残った後のことを考えると、胸が張り裂けそうになる。
『悲しい』なんて言葉では片付けられない最悪の結末に、私はグッと奥歯を噛み締めた。
違う……!私はそんな未来、望んでいない……!だって、私はこいつらのことを────大切に思っているのだから!
どんな綺麗事よりも美しく、正論で、的を射た言葉に─────私はようやく自分の気持ちを理解した。
心の中に渦巻いていたモヤモヤは晴れ、スッキリとした気分になる。
私らしくない温かい感情に戸惑いはあれど、不思議と嫌悪感はなかった。
長年夢見たグータラ生活を頭の隅へ追いやり、私は────大切な者達を守るため、立ち上がる。
「────私はもう迷わない」
確かな信念と覚悟を露わにする私は、頭上に降り掛かった雷を────重力魔法で跳ね返した。