第93話『混乱』
先程まで雲一つない快晴だったにも拘わらず、空は黒い雲で覆われ、海に雷が落ちる。
明らかに不自然な天候に危機感を覚える私は、探知した二つの魔力に、眉を顰めた。
この魔力の波長って……まさか────アルフィーとテディーか?
忘れる筈もない旧友たちの気配を察知し、私は『何故、あいつらがここに?』と疑問に思う。
何となく嫌な予感を覚える中、一際大きな雷鳴が轟いた。
刹那────島の中央に雷が落ち、ドゴォォォォンと凄まじい破壊音が鳴り響く。
なっ……!?一体、何が起きたんだ……!?
爆風に吹き飛ばされそうになる私は、ライアンに支えられながら、島の中央へ目を向けた。
黒煙が立ちのぼる、そこには────もう何も残っていなかった。さっきまで確かにあった筈の軍事施設は消し炭となり、徐々に崩壊していく。
今の落雷は明らかに人為的に引き起こされたものだった。ここまでの威力となると、術者は自ずと絞られるが……まずは生存者の救出が先だな。でも、ここからだと生存者の確認をするのは難しい……魔力探知で場所や人数は把握できるが、怪我の度合いまでは分からない。魔法を駆使して、島の現状を把握することは出来るが……それだと、本当の実力が周りにバレてしまう。
『どうする?』と自分に問い掛ける私は、悩ましげに眉を顰めた。
人助けのために真の実力を見せるか、周りを見捨てるか……突き付けられた二つの選択肢に、私の心は大きく揺さぶられる。
────以前までの私なら、一瞬の躊躇いもなく後者を選んだだろうに……。
「────一体、何が起きたんだい……!?凄い音が聞こえたけど……!」
シャッと勢いよくテントの扉を開けて、飛び出してきたのは兄のルーカスだった。
突然の破壊音によっぽど驚いのか、髪や服はボサボサのままである。
他の生徒達もルーカスの声に釣られるように、恐る恐るテントから出てきた。
「た、建物が壊れているわ……!!」
「一体、何がどうなっているんだ!?」
「なんだか、天気もおかしいわ!不気味な感じがする……!」
すっかり目が覚めてしまった生徒達は、次々と不自然な点を見つけ、恐怖におののく。
互いに目配せし合い、身を寄せ合う彼らは今にも泣き出しそうだった。
どこか既視感を覚える光景を前に、一人の男子生徒は震える声で言葉を紡ぐ。
「お、おい……まさかとは思うが────テロ事件の時のようにまた奇襲されたのか……?」
「「「!!?」」」
誰もが一度は疑い、無意識に否定していた一つの可能性に、生徒達は言葉を失った。
耳鳴りすらする静寂の中で、半数以上の生徒は膝から崩れ落ちる。他の生徒達も泣き出したり、気絶したりと……それぞれ恐怖心を露わにした。
「い、嫌……!死にたくない……!もうあんなのは御免よ!」
「きゃぁぁああああ!!!誰か助けてぇぇぇえええ!!!」
「もう家に帰してくれ!!試験や進級なんて、どうでもいい!!」
「ぱぱぁぁぁぁああ!!ままぁぁぁぁああ!!まだ死にたくないよぉ!!」
完全に冷静さを失った生徒達は『助けて』と繰り返し、神様に生還を祈った。
阿鼻叫喚と化した現場はパニックに陥り、もはや収拾がつかない。
不味いな……このままだと、避難もままならない。敵の襲撃云々の前に、仲間割れでも起こしそうだ。
「皆、落ち着いて!まだ敵の襲撃と決まった訳じゃないから!」
「シオン先生の言う通りだよ!まずは冷静になって、状況を整理してみよう!」
教師のシオンと学年首席のルーカスは、混乱する生徒達を必死に宥めようとする。
でも、生徒達の不安や恐怖は大きく……二人の声なんて、届いていないようだった。
痺れを切らしたルーカスは、ほぼ無差別に魅了を振りまき、生徒達の精神を掌握しようとする。だが、他人の精神を支配下に置くことは簡単ではないため、失敗に終わった。
『チッ!』と大きく舌打ちをするルーカスは、苛立たしげに髪を掻き回す。
そして、一旦事態の収拾を諦めると、こちらへ駆け寄って来た。
「来るのが遅くなって、ごめんね。ライアン達は大丈夫そう?怪我とかしてない?」
私達の安否を確認するルーカスは、僅かに眉尻を下げた。
気遣わしげな視線を送ってくる彼に、ライアンとアンナは小さく首を振る。
「怪我は特にありません。被害があったのは島の中央付近なので。ただ、一つ言えることがあるとすれば……さっきの雷は明らかに異常でした。ただの自然現象ではないと思います」
「私もライアンくんと同意見です!天候もいきなり変わっちゃいましたし……」
黒雲に覆われた空を見上げ、アンナは『なんだか、変な感じ』と呟いた。
武人と似た性質を持っているからか、本能的に異変を感じ取っているようだ。
「さっきの破壊音は落雷だったのか……説明、ありがとう。一先ず、無事で良かったよ」
素直に無事を喜ぶルーカスは、安堵したように表情を和らげる。
ライアンとアンナの肩をポンポンッと軽く叩き、最後に私の頭を撫でた。
「エリンちゃんにも怪我がなくて、本当に良かった。少しの間、騒がしくなるけど、エリンちゃんのことは絶対に守るから、安心してね」
「は、はい……ありがとうございましゅ」
おずおずと礼を言う私は、控えめにルーカスを見上げる。
僅かに表情を強ばらせる彼は、胸に秘めた不安や恐怖を頑張って押し殺した。
必死に強がるルーカスを前に、私の胸はチクッと痛む。
────私の心を満たすのは苛立ちでも恨みでもなく……底知れない罪悪感だった。
真の実力を発揮すれば、私は彼らを守ることも救うことも出来る。でも、私は自分の都合を優先して、誰も助けようとしない……理想を叶えるためとはいえ、本当にこれでいいんだろうか?
何度目か分からない自問自答を繰り返し、私はそっと目を伏せる。
泣き叫ぶクラスメイトや卒倒する先輩の姿に、複雑な気持ちを抱いていると────不意に複数の気配を察知した。
三十を超える気配の中から、二人の人物を割り出した私は僅かに目を見開く。
この気配は間違いなく、あいつらだ……!!
「────お前達は一体何を騒いでいるんだ?フラーヴィスクールの生徒なら、常に冷静さを保て。お前達はもう守られているだけの子供ではないだろ」
そう言って、草むらの中から現れたのは軍服に身を包むリアムだった。