第8話『長男』
リアムに見送られ、食堂をあとにした私は廊下の角を曲がったところで立ち止まる。
えーと、ウィリアムの魔力は……屋敷の外か。
この方向と距離だと、庭のガゼボあたりか?
リアムの息子なだけあって、若造にしては魔力が強い。
そのため、ウィリアムの居場所は直ぐに特定出来た。
ゆらゆらと感情につられて揺れる魔力は不安定で、少し危なっかしい。
さすがにあの歳で魔力暴走を引き起こすことはないだろうが、感情で魔力が揺れるのはすぐに直した方がいいな。
私は周囲に誰も居ないことを確認すると、宙に転移陣を描く。
歩いて行っても良いが、それでは時間がかかり過ぎる。この体は何かと不便だ。
ガゼボの近くに座標を固定した私は、出来上がった転移陣を起動させた。
白く眩い光が、私の体を優しく包み込む。
その光に促されるまま、目を閉じると────ひんやりと冷たい風が私の頬を撫でた。
それと同時に、光が辺りに散っていく。
転移完了、っと。
少し魔力を外に漏らしてしまったが、まあ……微細な魔力だし、誰も気づかないだろう。
それより、今は────この泣き虫をどうにかしなければ。
姿を隠すのにちょうどいい茂みからそっと周囲の様子を窺い、私は思わずゲンナリする。
だって、ガゼボの中に居たウィリアムが────
「うぇぇええええん!!僕だって、父上に膝抱っことか『あ〜ん』とかされたいのにぃぃぃいいい!」
────と、泣き喚いたから。
ふぅ……これはまた……なんと言うか……清々しいくらい、気持ち悪いな!うん!
『あれでも、一応十九歳の大人なんだが』と辟易し、私は溜め息を零した。
なんか、見てはいけないものを見た気分だな。
というか、一人の時は一人称『僕』なのか。
いや、それよりも────こいつ、リアムのこと好き過ぎだろ!
何がどうして、こうなった!?
お前は一体、どこで道を踏み間違えた!?
「うわぁぁぁああん!僕も名前でちゃんと呼ばれたいよぉぉおおおお!!」
あぁ、そう言えば……さっきはずっと、『お前』呼びだったもんな。
「大体さぁ!何で伯爵家の末娘なんか、引き取るんだよぉ!我が家にメリットないじゃんかぁ!!」
いや、それは全くもってその通り。全面的に同意する。
「つーか、エリンって何だよ!?んな令嬢知らねぇーよ!!名前も聞いた事ねぇーわ!!」
だろうな。私は基本社交界に顔を出さないし、外にもあまり出ない。
私が誕生した際は不倫だなんだと騒がれていたが、今ではそれも大分収まってきている。
だから、私を知らないのも無理はない。
「嗚呼、くそっ!絶対父上に嫌われた……うわぁぁぁああん!あいつのせいだぁぁぁああ!!エリンなんて女が来なければ、こうはならなかったんだぁぁぁああ!!父上の愛情を独り占めしやがって、こんにゃろぉぉぉぉおおお!!」
リアムの愛情を独り占めしたつもりはないが、逆恨みは勘弁してくれ。
私はウィリアムに……マルティネス公爵家を継ぐお前に、逆恨みされては困るのだ。
お前に当主権が渡った途端、お払い箱とか御免被る。
『じゃあな!』と爽やかな笑顔で家から蹴り出される光景を想像し、私は危機感を覚えた。
このままでは現実になりかねん、と。
他の兄弟はさておき、ウィリアムとは何としてでも仲良くならなくては……。
『引きこもり生活〜三食昼寝付き〜』の夢が潰えることになる。
だが、困ったことに……非常に出づらい。
私の愚痴はさておき、リアムに対する深い愛を聞いた後だと出るに出られない。
最悪、子供の無邪気さを前面に出してゴリ押すしかないが……それはあくまで最終手段である。
はてさて、この赤子のように泣き喚くガキをどうするべきか。
リアムにああ言ってしまった以上、今さら引き返すことは出来ないし……困ったな。
「あいつなんか……あいつなんかっ……大っ嫌いだー!」
満月に向かって、ウィリアムは大声で叫んだ。
火を見るより明らかな拒絶反応に、私はますます頭を悩ませる。
ここで出て行って、仲良くなろうとしても無理だろうな。
相手にその気はないみたいだし。
はぁ……仕方ない。こうなったら────第二プランに移るしかない。
「僕の父上なのに……何であいつなんかに……そもそも、何で父上はあいつに構うんだ!もっと僕に構ってくれても……」
「────ウィリアムお兄しゃま、誰とお話しになっているんでしゅか?」
「げっ!?お前、なんでここに……!?」
あくまで子供らしく無邪気な笑みを振りまいて登場した私に、ウィリアムは明らかに動揺を示した。
思わず、泣き止んでしまうくらいには。
まあ、泣いていたのはこの酷い顔を見れば一目瞭然だが……。
赤く腫れた目の周辺、鼻から垂れた鼻水、涙で濡れた頬……見事なまでに、美形が台無しになっている。
でも、こちらとしては好都合。
などと思いながら、私はウィリアムの元へ歩み寄った。
と同時に、ハンカチを差し出す。
「ウィリアムお兄しゃま、泣いていたんれすか?私のハンカチで良ければ、お使いくだしゃい」
「なっ!?べ、べべべべべべべ、別に泣いていた訳では
ない!!ハンカチなど不要だ!」
「そうれすか……?あっ!そういえば、ウィリアムお兄しゃまはお父しゃまのこと大好きなんでしゅね!」
「なっ!?まさか、お前聞いて……!?」
「さっき、ウィリアムお兄しゃまがお父しゃまに『もっと構って欲しい』って言ってるの聞こえてました!」
「う、嘘だろ!?」
残念ながら、事実だ。
私だって、聞きたくて聞いた訳じゃないが……その他にも色々聞いたぞ?
リアムに膝抱っこされたいとか、名前で呼ばれたいとか……まあ、色々な。
私は悪意のない無邪気な笑みで、ウィリアムを見つめる。
が、奴の顔は面白いほど青ざめていった。
「あっ!しょーだ!私がお父しゃまにウィリアムお兄しゃまの気持ちを代わりにお伝えしましゅ!そうしゅれば、お父しゃまがもっとウィリアムお兄しゃまに……」
「わぁーーーーー!!ちょっと待て!!それは駄目だ!!」
ガシッと私の両肩を掴み、逃がすまいと力を込めるウィリアムは目が本気だった。
言うまでもなく、かなり焦っている。
おかげで、力加減も狂いまくっていた。
『幼女の肩に何たる負荷を……』と思案する中、ウィリアムは口を開く。
「頼むから、その事は誰にも言わないでくれ!特に父上には!」
充血したエメラルドの瞳でこちらを真っ直ぐ見つめ、ウィリアムはズイッと顔を近づけている。
私は思わず後ろへ下がろうとするが……両肩を掴まれているため、距離を取ることは出来なかった。
『実力行使に出れば可能だが、さすがに不味いよな』と考え、私は仕方なくウィリアムの泣き腫らした顔を間近で見る。
こいつから距離を取るためにも、さっさと仕上げに取り掛かろう。
そう決意し、私は肩を掴むウィリアムの腕にそっと手を添えた。
と同時に、無邪気な笑顔でこう答える。
「ウィリアムお兄しゃまが私と仲良くしてくれるなら、秘密にしてあげてもいいでしゅよ?」